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リニューアルについてのインタビュー 杉本博司(現代美術作家)

対談・インタビュー録

VOL.3 杉本博司(現代美術作家)

text:住吉智恵(アートジャーナリスト)

約3年間にわたる改修工事を経て、2014年11月にリニューアルオープンする東京都庭園美術館。 東京都指定文化財である旧朝香宮邸のアール・デコ様式を継承した本館の設備改修、修復、復原が行われた。
さらに本館に隣接して、新たに現代的なホワイト・キューブの展示空間や、カフェ、ミュージアムショップを備えた新館が建設された。

新館の構想には、世界的な現代美術家・杉本博司氏をアドバイザーに迎えた。近年、建築家としても活躍する杉本さんは、ご近所の散歩ルートでもある白金の森に佇む東京都庭園美術館とその特長について、どのように見ているのだろうか。

「本来、個人の邸宅であった本館は、文化財という点で制約もあり、美術館として使用するには難易度の高い空間であったと思います。一方で、美しい建築や調度そのものを常設で見せることのできる、日本には稀有な美術館であるとも考えています。
新館へのアドバイスに際しては、本館のアール・デコ建築といかに違和感なく調和させるかということを念頭に置きました」と杉本さん。
本館から新館へと移動する際に通りぬける渡り廊下は、今回のリニューアル・デザインのキーポイントといっていいだろう。

端正なアール・デコ建築の本館から、三保谷硝子製の美しいガラス壁のあるアプローチを抜けると、そこには開放的で清々しいアトリウム空間が広がる。
「本館を象徴するエントランスのルネ・ラリックのガラス扉と呼応するように、波板ガラスを使って、訪れる人々に21世紀の装飾芸術の有り様を密かに問いかけるアプローチとなりました。
デザインを考えているとき、何かが起こるのではないか、という予感はありましたが、陽光が射し込む角度によって、ハートのマークや蝶々の形の影が現れることまでは予想していませんでした。白金の森に忽然と現われた新印象派か、マニエリスムか、といったところでしょうか?」と、杉本さん自身もこの仕掛けの妙を楽しんでいる。

また新館のガラス張りのホワイエからは、本館と庭園を借景にうまく取り込み、関連性をもたせた風景が広がる。これから始まる庭園のリニューアルに期待が高まるところだ。
メインの展示室はミニマルなデザインのホワイト・キューブで、現代美術や工芸の展覧会、映像、音楽、パフォーミングアーツなど、美術館の活動の可能性をより一層拡げる空間となる。

「ギャラリー1は、できるだけ多様な企画を実現できるような、すっきりとした空間になったと思います。
ギャラリー2は、トークや映像上映などに対応しながら、壁面は展示も可能という多機能の空間として設計されました。
かまぼこ型天井と、明かり取りの天窓を生かし、壁面の光の反射だけでも空間全体が均一にきれいに見える工夫が施されています。天窓の光を巧みに操った建築家ルイス・カーン風という感じかな?」と杉本さん。

本館と新館、歴史的建造物と新しい空間を効果的に組み合わせることで、新たな展開を見せようとしている東京都庭園美術館に、どんなことを期待しているのだろうか。
「美術館とはどうあるべきか。それは何をどう見せるのかというヴィジョンにかかっていると考えています。建築空間を生かすのはあくまで学芸の企画です。長期的な展望をもって、楽しみに見ていきたいと思います」。
リニューアルオープン後も引き続き、杉本さんにはきびしくも温かい、そしてウィットに富んだ美意識をもって、当館を見守っていただきたい。

(2014年10月掲載)

杉本 博司(すぎもと ひろし)

杉本 博司(すぎもと ひろし)

現代美術作家
1948年東京生れ。立教大学卒業後、1970年に渡米、1974年よりニューヨーク在住。徹底的にコンセプトを練り上げ、8 x 10インチの大判カメラで撮影する手法を確立。精緻な技術によって表現される作品は世界中の美術館に収蔵。2008年建築設計事務所「新素材研究所」設立。IZU PHOTO MUSEUM(静岡)他、建築分野でも活動。近著に『空間感』(マガジンハウス)、『アートの起源』(新潮社)。構成・演出・美術を手がけた人形浄瑠璃『杉本文楽 曾根崎心中付り観音廻り』は2013年秋に欧州3カ国で公演、2014年大阪フェスティバルホール、世田谷パブリックシアター(東京)にて日本凱旋公演。
2009年高松宮殿下記念世界文化賞、2010年紫綬褒章、2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ、2014年第一回イサム・ノグチ賞等受賞多数。