メインコンテンツにスキップ

「幻想絶佳 :アール・デコと古典主義」についての対談山縣 良和(ファッションデザイナー)× 関 昭郎(学芸員)

対談・インタビュー録

VOL.2 山縣 良和(ファッションデザイナー) × 関 昭郎(学芸員)
日本人として日本の古典をリサーチし、引用することはクリエイションの部分でも大事なことだと思っています。

text:住吉智恵(アートジャーナリスト) photo:浅田政志

対談風景 山縣良和(右)/関昭郎(左)

東京都庭園美術館本館のアール・デコ様式が流行したのは20世紀初頭のこと。急速に近代化が進み、モダンに変貌してゆく都市のなかで、2つの大戦をはさんだ激動の時代を生きた人々は、古代ギリシア・ローマを規範とした伝統的な「古典主義」に新しい関心を向けた。
ピカソやモーリス・ドニなど時の前衛的な画家たちばかりでなく、モニュメンタルな公共建造物や豪華客船に関わる建築家や装飾美術家たちもまた、時代に相応しい新しい古典主義のスタイルに新しい可能性を見いだした。
「東京都庭園美術館開館30周年記念 幻想絶佳 :アール・デコと古典主義」展ではフランスの美術館コレクションを中心とした約80点の作品から知られざるアール・デコの世界を紹介。幻想とイマジネーションあふれる “絶佳-素晴らしい眺め”を本館・新館の空間で展開する。
そこで、昔話や伝説といった日本の古典を見直すことから創作のインスピレーションを得ているファッションデザイナー・山縣良和さんに、本展を企画した関昭郎が話を聞いた。

関(以下S):本館の旧朝香宮邸はアンリ・ラパンの設計により1933年に建てられました。1925年にパリで、アール・デコの語源になった現代装飾美術・産業美術国際博覧会(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes)–通称:アール・デコ博覧会が開かれ、そのパビリオンの1つがアンリ・ラパンが手がけた《フランス大使館》でした。賓客として招かれていた朝香宮がラパンと出会い、のちに自邸の建築を頼むことになるのはごく自然なことでしょう。ルネ・ラリックのような工芸作家と、絵画や彫刻の作家たちが、一堂に会して博覧会のパビリオンを作ったことがまず面白い。この時代には第一次世界大戦で破壊された公共的建築を建て直すために当時のアーティストたちがかり出され、それがアール・デコという1つのスタイルを生み出していったんです。さらに当時は豪華客船の時代でした。海を走る大使館と呼ばれたほど贅を尽くした内装で豪華客船が作られ、フランス趣味の装飾美術を外部に発信する役割も果たしました。本展はそんな時代に活躍していた美術家たちを紹介する展覧会なんです。
例えばウジェーヌ・ロベール・プゲオン(1886-1955)の作品《Le Serpent》は蛇が主題となっています。この絵がいつの時代に描かれたかと訊かれて1920年代と答える人はあまりいないでしょう。

ウジェーヌ・ロベール・プゲオン《蛇》
ウジェーヌ・ロベール・プゲオン《蛇》1930年頃 Eugène-Robert POUGHEON《Le Serpent》c. 1930 © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF

山縣(以下Y):確かに現代的ですが、ちょっと不思議なシュルレアリスム的な部分もありますね。この中性的な男性は、テーラードジャケットを纏っているけど、着ているようにみえません。あえて布を崩して、昔のギリシャのトーガみたいに見せていますね。陰影のつけ方で、生地の流れを見せようとしています。

S :蛇がいるということはアダムとエヴァの失楽園の物語とも考えられます。それぞれの事物に対するアレゴリーはあるようですが、答えはわかっていません。ある種の道徳観がモチーフにはなってるとは思うけれど。

Y :謎解き感がありますね。あと、どうしてこんなに身体の線が不自然なのか(笑)

S :山縣さんのブランドwrittenafterwordsのコレクションにも、独自の物語を紡いで、そこから作品を作っていくというプロセスがありますね。どこか古典的な物語を思わせるようなものも多い。物語はどういったところから浮かんでくるんでしょうか?

Y :例えば、初期の頃から神様をモチーフとしてきて、さらにそれをここ数年のコレクションでアップデートしようとしています。そこにはアダムも登場します。決して中を覗かないでくださいと言われた穴があり、ある日アダムが約束を破って中を覗きこむと、動物たちが中でガッチャンガッチャンと織り機でお金を織っている。「鶴の恩返し」の現代版です。僕の作品には昔話や伝説をアップデートさせたものが多いんです。七福神から、ドラゴンボール、川久保玲さんやジョン・ガリアーノ、鶴、象、亀、蛇まで、さまざまなアイコンが登場します。アダムとイブが出会い、子どもがたくさん生まれ、洞窟の中でせっせとお金を作ってたら、ファッションの幻想を覗いてしまう。ファッションを求める旅に出て・・・というストーリーです。古典を混ぜまくってるんですね。

S :視点が飛ぶところがおもしろいですね。近視眼的でプライベートな視点と、世界は今どうなっているんだろうという意識を両方反映させて、壮大な物語、いやむしろ神話を組み立てています。
現代のクリエイションの特徴といえるのでしょうか、古典に回帰する傾向が作品の中に随所に見られます。お伽噺や伝説の引用、川久保さんやガリアーノも二世代,一世代前の「神的」な人です。常に古典は意識しているのですか?

Y :20世紀はとんでもなく急速な発展をしてきましたよね。そのスピードが速すぎて、おそらくほんの100年前までずっと時間をかけて守っていたものが、グローバル化によって一気に失なわれた。例えば、ファッションの根源ともいえる世界中の民族衣裳。何千年もかけて、その土地で作られた繊維などを使って、環境に適応しながら育まれたものだから、すごく力強い、説得力のあるものなんです。それが歴史上でいえば一瞬のうちに切り捨てられたことで歪みがおこっている。僕らが忘れていたような宝がそこにはあるはずで、日本人として日本の古典をリサーチし、引用することはクリエイションの部分でも大事なことだと思っています。

writtenafterwards 天空の織姫
writtenafterwards 天空の織姫 2013

S :民族衣裳が元来もっている造形や美意識に、さらに「祈り」のような精神的な意味を見出そうとするということですね。19世紀美術から20世紀にかけて、抽象美術が登場し、意味を捨てて純粋な造形主義に向かいました。そこから再出発して、いま意味を見直す必要があるのかもしれません。

Y :機能的なところだけを言えば、西洋のファッションはもはやどこへ移動してもオケージョンやTPOに縛られない国際言語になりました。しかし、見せびらかしのブランド力ではなく、全く新しいラグジュアリーとは何だろうかと。もっとアップデートされた精神的な新しいラグジュアリーがリスペクトされる時代ではないかと思っています。それは西洋に限らず、もっといろいろな地域から生まれて来ても良いはずです。

S :アールデコの発生の精神的背景には、第一次世界大戦でなんとかフランスが勝利した歴史があります。他国の侵攻によってあらゆるものが危うく崩壊しかけた中で、当時のフランスの美術家たちは,彼ら自身のアイデンティティを古典主義的に組み立て、1つの物語を共有することで、新たに出発しようとしました。それが当時のラグジュアリーのなかで必要な要素で、そういう部分がこの展覧会で出せればと思ってるんです。

ファッションは物質である以上に現象なんですね。ファッションの展覧会を美術館でやるなら、より流動的かつ躍動的でなければならないと思うんです。

text:住吉智恵(アートジャーナリスト) photo:浅田政志

対談風景 山縣良和(左)/関昭郎(右)

Y :美術史的な背景でいうとアール・デコと同時代、1920年代頃のシャネルが登場した時代には関心があります。パリを中心に、ジャン・コクトー、ストラヴィンスキーなど、ジャンルを超えて芸術家たちが活躍した時代。ココ・シャネルはファッションデザイナーのカガミみたいな人です。人間の本質を知っているんですね。ファッションには総合的に人間関係をつくる感覚が重要だと思っているんです。

S :シャネルの場合、彼女が時代の流れまでをも自身でコントロールしようとしたというのがすごいです。政治と文化を結びつけて、変えてやろうと試みた最初の女性かもしれません。

Y :現代のファッション業界には、どんなに有名なデザイナーでも、美術ばかりでなく、政治や経済全てを巻き込んでいく人はいません。大人物が現れにくい時代ですね。

——シャネルのデザインは先鋭的・前衛的でしたが、同時代のエルザ・スキャパレリは対照的に古典に回帰しようとしたファッションデザイナーでしたね。

Y :スキャパレリは、シャネルのライバルともいわれていますが、古典的な様式のほかにも、ダリなどのシュルレアリスムの作家との親交が深かったといわれています。同時代のデザイナーでは、ポール・ポワレが民族性やエスニックを取り入れて、古典回帰した上でのモダニティを表現しようとしていました。ポワレのデザインの装飾性はインスピレーションの豊かな源です。ジョン・ガリアーノもポワレからインスパイアされました。それを肥大化させ、エキゾチックなカオスにして、ダイナミックにファッションアイコンをつくろうとしました。

S :山縣さん自身もアートとデザインのあいだで独特の立ち位置を探っていると思うのですが。

Y :18歳くらいの頃から、アートとファッションの位置づけについては、ちゃんと自分なりに定義できないといけないと思っていました。アートにはなんでも飲み込んでしまう力があるので、ファッションはアートになりえるかもしれない。一方で、アートとファッションの価値観は相容れないところもある。例えば、中世ヨーロッパの宗教絵画の価値観は、現代アートに受け継がれています。アートとは、ぶれないアイデンティティやコンセプトを持って世界を構築することによって、一貫した強さを持つものです。絶対的な「神」的な存在であるアーティストの行為として、その創造性が評価され、大きな価値を生み出しています。それに対して、ファッションの表現は全く一貫性がない流動的なものなんです。思想的には仏教的ともいえるかもしれない。諸行無常の世界で、常に変化していくものを受け入れる。アートの概念でいくと、ファッションの表現は曖昧でコロコロ変わるものだから価値が低くなってしまう。生物でいえば男性と女性みたいなもので、まずは違うということを明確にしてスタートしないと、ファッションもアートも本質が捉えられないと思います。

対談風景 山縣良和

S :アートの価値観には、例えば絵画のように、絵の具の厚みしかない非物質的なものが概念を表現するというあり方が、最も純粋性が高く尊いとされるところがあります。それがファッションや工芸の場合、アクチュアルに存在する物質的なものなので、かえって価値が一段下がって見られてしまうところがある。

Y :このあいだアートフェア東京に出展したんです。めちゃくちゃ手のこんだジャガード織で、世界最高峰の技術をもつ日本の工場で作ってもらった紙幣の形をした布の作品です。昔、布が非常に高価だった時代には貨幣価値をもっていたこともあるからです。フェアのディレクターに価格を相談すると、額に入れて80万円ぐらいでどうですか、と言われました。実は同じ織り地の布を2枚使って服にした作品も出品したんですが、相談すると「MAX50万円っすね」と言われました(笑) 服にしたら2枚使ってるのに価値が下がった。だけどそれが現状なんだと思うとちょっと悔しかった。服作りは全部手作業なので、全てオリジナルの素材で、クチュリエがパターンを作り、刺繍を入れたりすると軽く100万の価格にあっと言う間になってしまう。フランスではメゾンの職人を国が文化財として守っているほどです。ところが近年は大量生産のイメージがついて、概念的に価値が下がる傾向にあります。

S :コム・デ・ギャルソンの社内研修の展示会を見せてもらったことがあります。過去のコレクションすべてを綿の生成りの生地でリメイクしてずらりと並べていたんです。ファッションも、短期的な視野でみれば価値は失われるけれど、彫刻のように一つ一つコレクションされ、過去を肯定し、それが未来へつながっていくならば、それはとても豊かなことかもしれません。

Y :ファッションは物質である以上に現象なんですね。ファッションの展覧会を美術館でやるなら、より流動的かつ躍動的でなければならないと思うんです。

対談風景 山縣良和

S :美術館やギャラリーの展示を観ると、絵画であろうとファッションであろうと、作品を生きた状態で提示していると感じることがあります。いいプレゼンテーションを観た人にとって、作品を買うことは、その小さなピースの中に、展覧会全体のもつ何かを生きものとして残していくことなのでしょう。

Y :日本人は特に、アニミズム的に、物に精霊のようなものが宿るという見方をしますね。この11月から十和田市現代美術館で開催される『田中忠三郎が伝える精神』という展覧会に参加します。田中忠三郎という、昔の東北のぼろ着を収集・研究した民俗学の研究家の思想を継承する展示です。東北地方に伝わる「裂き織り」というパッチワークで作られた「ドンジャ」と呼ばれる着物があって、それは何十年も、何代にもわたって、ほつれては直し、着たおされてきた服なんです。昔は家族で裸でそれにくるまって寝ていたそうで、人間の身体の気配が染み付いています。人が乗り移ってるような感じがして、改めて服の凄みを感じました。ドンジャのような人間の魂が宿る服の強さと、先日まで国立新美術館で開催されていた「バレエ・リュス展」の舞台衣装のような物としての服の強さと、その両方が大事なのだと思います。

S :十和田の展示ではまたしても壮大なストーリーを構想しているそうですね。古典に立ち返って、どうしてこの物語が生まれ、何のためにそれが伝えられたのか、検証することが、山縣さんのクリエイションのベースになっているのですね。しかも物語を現代的にアップデートしていくという新しい試みにチャレンジしようとしています。

Y :あまりにも日本の古典を知らなかったので今、勉強中です。何千年も生きたまま受け継がれてきたその強さから学ばねばいけないと思っています。さらにそれを未来に受け継いでいかないといけない。試行錯誤ですが、やっていきます。

S :今回の展覧会もまさに、アール・デコという芸術運動を新たな視点から見つめ直し、その古典主義の要素を見直そうという試みです。ご期待ください。

(2014年10月掲載)

山縣 良和 (やまがた よしかず)

山縣 良和 (やまがた よしかず)

1980年、鳥取県生まれ。2005年、イギリスの名門セントラル・セント マーティンズ美術大学在学中にジョン・ガリア―ノのデザインアシスタントを務め、イタリアのインターナショナルコンペティションITS#three Italyにて3部門受賞。05年に同大を首席で卒業後、帰国。2007年に自身のブランド「writtenafterwards」を設立、2009年に《Arnhem Mode Biennale》(オランダ)でオープニングファッションショーを行った。2012年、日本ファッションエディターズクラブ新人賞受賞。2014年、毎日ファッション大賞特別賞を受賞。以後、文化、社会、教育、環境的観念を持ったコミュニケーションとしてのファッションの役割を提案、その実験、教育の場として「ここのがっこう」を主宰。 http://www.writtenafterwards.com/

関 昭郎 (せき あきお)

関 昭郎 (せき あきお)

事業企画係長。
東京都庭園美術館ではジュエリーの歴史を中心に独自の展覧会を数多く企画。
朝香宮邸の空間でモダニスムとは異なった価値観を模索する。