メインコンテンツにスキップ

並河靖之七宝展マーク・ダイサム(建築家)インタビュー

対談・インタビュー録

マーク・ダイサム(建築家)インタビュー

アール・デコの時代を代表するフランス人芸術家 アンリ・ラパンと、宮内省内匠寮の技師が建築に携わった旧朝香宮邸。この西洋の建築様式と日本の匠の技巧が混ざり合った珍しい建築は、今では東京都庭園美術館(以下当館)の本館として使われている。今回は、日本で建築家として活躍するクライン ダイサム アーキテクツのマーク・ダイサム氏を招き、現在当館で開催中の「並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性」を鑑賞しながら、建築や本展示について当館学芸員の神保京子が話を聞いた。

神保(以下J):本館をご覧になった感想はいかがですか。

東京都庭園美術館の正面入口に佇むダイサム氏。
東京都庭園美術館の正面入口に佇むダイサム氏。

マーク(以下M):そうですね。ヨーロッパやアメリカのアール・デコ建築をみても、ここまで保存状態の良い建築は殆どないと思います。それに、このシンプルさと豪華さが入り交ざったような空間がとても気に入りました。シンプルな要素が、豪華できらびやかな装飾をうまく落ち着かせているところが魅力的です。
そもそも、西洋の建築家の多くは日本からとても影響を受けています。アール・デコのコンセプトは日本とは違ったものとして生まれてきたものの、それが結局、日本の建築に採用されている。それを日本で多く目にするのはとても不思議な感じがします。この建物においても、日本的な要素がアール・デコの影響を受けているものが多くみられます。
そういえば、フランク・ロイド・ライトも日本に影響を受けた建築家の一人ですね。私は若い頃、ライトの建築に惹かれて世界中で彼の作品を見ました。ですから来日したとき、池袋で明日館を見たときは本当に驚かされました!フランク・ロイド・ライトの本物の建築があるなんて思わなかった(笑)

J:明日館も美しい建築ですよね。当館よりは少し年上で1921(大正11)年に建設されています。日本にもライトの建築があって、本当に驚かれたことと思います(笑)。ところで、本館の建築とダイサムさんが手がけてこられた建築には、共通する点があるように思います。建物に歴史的な背景を持たせながらも、同時にとても前衛的な要素も含んでいるような。クライン ダイサム アーキテクツの建築を見ていると、装飾的なデザインをしているようで、同時にシンプルな印象も受けます。例えば、「代官山T-SITE」がそうです。Tの文字をモチーフにしたもので壁面を作っていて、装飾的かつシンプルなデザインです。

2階ホールの柱型の大きな照明を前に、特徴のあるパターンに見入るダイサム氏
「ユニークな形の照明ですね。」2階ホールの柱型の大きな照明を前に、特徴のあるパターンに見入る。

M:そうですね。建築家の中には、あまりにもフラットで真っ白な壁はなるべく避けようとする人が多いかと思いますが、私たちはあまり気にしないようにしています。それよりも、私たちの建築に必要なことは「簡単に理解できる」ということです。5歳のこどもから85歳の大人まで、建築に込められたメッセージが理解できることが重要なのです。そこで、「T-SITE」に関しては主に2つの仕掛けをつくりました。一つは、建物自体の形をT形にしたことです。道路を挟んだカフェから外を眺めれば、大きな3つのTが見られるでしょう。

代官山T-SITE

代官山T-SITE 左)向かい側の道からの眺め。大きな3つのTに見える。 右)建物の表面。T型のモチーフが無数に連なっている。

代官山に現れた“大きな”ジョークということですね。ところが、建物の形そのものに気づく人は実は殆どいません。そこで、もう一つの仕掛けというのが、無数に連なって壁をつくっているT形モチーフです。これには多くの人が気づきます。そして、このT形モチーフこそが、建物の表面に「深さ」を生み出しているのです。壁自体はフラットに見えますが、その壁をなしているT形のパターンに目を向けてみると、奥行きを感じることができるのです。

インタビューに答えるダイサム氏。
インタビューに答えるダイサム氏。「若い頃は各国を旅して建築を見て回りました。」

J:パターンと奥行きという点では、今回の「並河靖之七宝展」の七宝作品においても同じことがいえると思います。七宝の表面はいくつものレイヤーが重なってつくられていて、そのために奥行きが存在します。普段日本の伝統工芸などからインスピレーションを得ることはあるのでしょうか。

M: 今回の展示については、並河靖之の作品がもつ黒色にとても惹かれます。いくつかの作品は非常に深い黒色をしていて、表面に色が映るほどです。黒色は建築にとっても大切な要素です。”黒“には奥行きがあり、そこには光と影があります。
そしてパターンに関してですが、私は日本の繰り返し使われる模様、パターンに非常に興味があります。着物や風呂敷といったものからは、いつも殆ど無意識のうちにパターンを見つけようとしていますね。

J:確かに、ダイサムさんがこれまで手掛けていらした建築には様々なパターンが使われていますね。それと同時に、周辺環境との調和も意識されているように感じられます。2016年に銀座の交差点に建てられた「GINZA PLACE」も、まさにパターンを大胆に用いたダイサムさんらしい建築ではないかと思いますが、いかがですか?

M:「GINZA PLACE」は建物の表面に透かし彫りをモチーフにしたパターンを使いました。建築の3面をフラットな壁でただ囲うだけでは面白くなかったので、角を5面にして表面にアイキャッチになるパターンを付けられるようにしました。下から段々と透かし彫りの間隔が徐々に大きくなっていくようなパターンです。もちろん、銀座の歴史やこの地区の景観も考慮してデザインしました。例えば、1階は街並みに合わせてショーウィンドウにしましたし、7階をガラス張りにしているのは、この地区の古い建物、斜め向かいの銀座「和光」(1924年竣工)もそうですが、古い基準の高さ制限が7階までだったことを意識しています。また、そうすることで、今後オリンピックなどでパレードを行う際、ここから外の景色が見えますよね。周辺環境や歴史を意識しながらも、銀座の新しいアイコンになればいいなと思いデザインしました。

「GINZA PLACE」

「GINZA PLACE」 左)全景。下から上に向かって透かし彫りのパターンが大きくなっていくのが分かる。 右)向かい側には銀座「和光」。7階バルコニーの辺りと高さが重り景観と調和している。

J:銀座の和光ビルもアール・デコの特徴が感じられる建築ですね。 最後に、本館のなかで特にお好きな場所はありますか?

M:正面玄関のガラスレリーフが好きですね。玄関前はシンプルなアーチがあるだけで、ドアを開けてみるときれいな装飾が現れるところには驚きました。

それから、玄関口にかけての導線もとても面白いですね。庭園の横を歩いていくと、玄関前のシンプルなアーチがみえてきます。そして、ドアをあけた瞬間はまだ真っ暗でよくみえないのですが、徐々にレリーフの模様が浮かび上がってくる。本当に美しいです。私たちも建物を考える際には、シンプルさ・装飾・奥行きといった調和を大切にしています。
(長期滞在している外国人にとって)日本にはわかりづらいところがあります。日本ならではといった、車の博物館やデザインミュージアムは殆どありません。明治神宮や銀座・浅草エリアなど重要な場所はいくつかありますが、いわゆる観光スポットを回ってしまうとあまり行くところがありません。その点、ここはとても日本らしいアール・デコ建築だと思います。このような建築はヨーロッパやアメリカにはありません。東京に長期滞在している外国人にとってはとても良いスポットだと思います。庭園や歴史的背景、それから展示や建物そのものに至るまで、東京のオアシスのような場所ですね。

J:どうもありがとうございました!

左:マーク・ダイサム氏、右:神保氏

マーク・ダイサム

image

クライン ダイサム アーキテクツ代表。英国生まれ。ロンドンのRCA ( ロイヤル · カレッジ · オブ · アート)で建築を学び、1989年に来日。伊東豊雄建築設計事務所を経て1991年、アストリッド クラインと共にKDaを設立。2000年には、これまでの日本におけるブリティッシュデザインへの貢献が認められ、名誉大英勲章 MBE(Member of the British Empire medal)の称号を英国女王より授かる。