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『ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉』展覧会関連プログラム報告「もしもガレがガラス職人に手話で指示したとしたら」

活動報告ブログ

ガラス吹きの工程に立ち会うガレ 1894-1900年
Image courtesy of musée de l’Ecole de Nancy

展覧会関連プログラム報告
「もしもガレがガラス職人に手話で指示したとしたら」

ガレが手話を話していたという事実はないのですが、「もしも」です。1400度もの高温でガラスを溶かす窯、金属のポンテ竿や道具類をガチャガチャさせて歩き回り、「せーの」「気をつけろ!」などと声をはりあげている職人たち。その中で、職人たちに制作の方法についてビシッと伝えるとしたら?もしかしたらボディランゲージが有効かもしれませんよね


ガレがガラス制作に使っていた技法というのは、大変高度なもので、ガレ工房にしかできない技もありました。ガラスの表面に奥行きを表現したり、質感を変えたり、立体的に盛り上げたり。一体どうやって作ったの?と知りたい場合には、作品の横に添えられたキャプションを読んでみるのですが、「アプリカッション」「サリッシュール」などフランス語そのままの用語だし、ガラスで何かを作った経験のない人には、どういう技法なのかイメージがわきません。 その用語をイメージが伝わる表現に置き換えてみようということで、手話でその用語を作ってみるワークショップを行いました。手話は手の動きだけではなく、その角度や力の入れ方、早さ、表情などで豊かにイメージを伝えることができる言語です。様々な美術館で聴覚障害者の美術鑑賞を豊かにするプログラムを行っている「美術と手話プロジェクト」にご協力いただき、聴覚障害のある方もない方も一緒に、手話を作り上げるプロセスを体験しました。


  • 「美術と手話プロジェクト」代表の西岡克浩さん

  • 担当学芸員と手話通訳さんの表情が完全一致

まずは15名ほどのグループで、作品を見ます。多くの作品を紹介したいところですが、作品をじっくり鑑賞するために、4~5点に絞りました。その後、学芸員がガレがどういう技法を使って作品を作っていたのかを解説します。そして、そこで出てきた「アプリカッション」「マルケットリー」「アンテルカレール」という3つの用語について、グループごとに話し合って考えます。


  • 蜻蛉グループのお題発表

  • 蜻蛉グループとカトレアグループで輪になって話し合い

「マルケットリーは、ガラスであらかじめ作っておいたパーツを、ガラスにはめ込んで模様を作ること」と聞けば、なんとなく分かったような気になりますが、それを手話で表現するとなると、「ガラス本体は、溶けてる状態なの?熱いの?」「はめるパーツって、どの程度の大きさなの?」「はめ込むってことは、後ろまで貫通させるの?」「はめた部分は出っ張ってるの?」と具体的にイメージしていくことが必要になります。誰かがアイディアを出し、やってみて、それがどういう印象になるのかを考えて、また新たなアイディアが生まれます。日常的に手話を使っている聴覚障害の方はもちろん、手話にあまり馴染みのない方も、新鮮な視点でアイディアを出してくれました。最後に各グループ代表のガレ役の人が発表をし、両グループのアイディアを結集して、必殺技「マルケットリー・アンテルカレール」を全員で表現して終了となりました。

このプログラムに参加してくださったみなさんは、ガレの技法をすっかり体で理解してしまったので、ガレの作品を見たときに、それがどのように作られているか分かるようになりました。日常生活の中で「アンテルカレール」や「アプリカッション」といった言葉を使うことはないかもしれませんが、ある概念を理解するために表現を生み出すというこの体験が、新しい概念に出合った際に真摯に向き合う助けになることを願っています。
(文責:八巻香澄)

このレポートでは、プログラム参加者のみなさんが考えた例をご紹介していますが、もしよかったら他の手話表現も考えてみてください。

【アプリカッション】
ガラスの表面に、ドロドロの状態のガラスの塊を貼りつける技法。高く盛り上げたダイナミックな造形が特徴。 手話では、ガラスの器(話者の左手)に、グニャグニャの柔らかいガラス(話者の右手)をくっつけて花が咲くように開き、立体的な造形を作る様子を表現してみました。 もう一つのグループでは、同じくガラスの器(話者の左手)にグニャグニャの柔らかいガラス(話者の右手)をくっつけた後、飴細工のようにつまみあげて、立体的な造形を作る様子としました。

【マルケットリー】
融けたガラスの表面に、あらかじめ形づくっておいた色ガラス片を貼りつけて、ならしこむ技法。 手話では、柔らかい(話者の表情で表現)ガラスの器(話者の左手)に、固いガラス片(話者の右手)を押し付け、撫でて表面をなだらかにする様子を表現してみました。

【アンテルカレール】
透明ガラスの層の間に装飾を挟み込むこと。装飾が透けて奥行き感が出るのが特徴。 手話では、ガラスの層を重ねて、それが透かして見える様子を、指を開いた手を離していくことで表現してみました。

開催概要

  • 2016年1月23日(土) 14:00−16:30
    会場:展示室内および新館ギャラリー2

    コーディネーター:NPO法人エイブル・アート・ジャパン「美術と手話プロジェクト」

    参加者数:31名

コーディネーター紹介

  • NPO法人エイブル・アート・ジャパン「美術と手話プロジェクト」(びじゅつとしゅわ ぷろじぇくと)

    「聞こえない人は見ることができるので、美術館で特別な配慮は必要ない」と思われがちですが、実際には聞こえないことによる不便も多くあります。
    『美術と手話プロジェクト』では、「美術」「美術館」「手話」「聞こえない人」というキーワードに関心を持つ人たちが緩やかに集まり、自由に議論したり、 意見を出し合いながら、美術館や美術鑑賞における聞こえない人の課題に取り組んでいます。

    美術と手話プロジェクト

    美術と手話プロジェクト
    2012年横浜美術館での「美術と手話」鑑賞会風景
    撮影:松浦昇