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オットー・クンツリ展石井かほる(舞踊家)インタビュー  

対談・インタビュー録

石井かほるさんインタビュー

text:住吉智恵(アートジャーナリスト) photo:浅田政史

1960年代に欧米で誕生したコンテンポラリー・ジュエリーの分野を代表するスイスの巨匠、オットー・クンツリ。
当時のアートシーンでもっとも先鋭であったコンセプチュアル・アートとミニマル・アートのアプローチによって、ジュエリーデザインの世界に、物質社会と身体との関係性や、他者とのコミュニケーションの問題を投げかけたパイオニアだ。
造形の美しさのみならず、シニカルでひねりのきいたユーモア溢れる彼の表現には、1900年代に世界的に発達を遂げたモダンダンスの分野とも通じあう、人間の本質に注がれた鋭敏なまなざしがある。
本展のメインビジュアルで、深紅のハートのブローチを胸に、凛としたたたずまいを見せる舞踊家・石井かほるさんもまた20世紀半ばの激動の時代に、舞踊という身体表現と出合い、現在もなお前衛の崖っぷちに立ち続ける。

『オットー・クンツリ』展チラシ
『オットー・クンツリ』展チラシ

「今回の“カバーガール”みたいな仕事は初めての体験だったのですが、とても楽しませていただきました。ハートのブローチを着けて撮影したのは旧館の廊下です。ポーズをとってじっとしているのが苦手なので、私がずっと続けている〈ゲリラダンス〉のように少し動いてみたら、すっと身体が軽くなりました。
このハートは樹脂製とのことですが、実際には重みがあって、まるで燃えているような感じが伝わってきました。こんなに真っ赤なのに透明感があり、そしてなぜか着けているうちに悲しくなってくるんです。あまりにも大きくてハッピーな造形だからでしょうか。そんな表裏一体の感情を受け取ってくれるジュエリーだからこそ、着ける人のセンシティブな部分を試されるような気がします」と石井さんは追想する。

オットー・クンツリさんと石井さんはこの撮影を通して初めて出会い、世代を超え、ジャンルを超えて心をかよわせ、今なお瑞々しい互いの感性を共有した。その背景には、それぞれに〈前衛の時代〉に培われた、人間や社会を客観的に注視する率直な問題意識がある。

「彼の時代を読み取る洞察力がすごいと思いました。ソフトな素材から硬質で鋭利な素材まで駆使して、コンセプトを多面的に反映し、それを具象化しています。次の瞬間には途切れてしまうかもしれない信頼関係の危うさや、傷や痛みといった人間の本質を克明に理解し、読み解く視線を感じました」と石井さんは語る。

たとえば、カップルで着ければどこまでも道連れにならざるを得ない『2人のためのリング』。
100年もの歴史のなかで交わされたゴールドの結婚指輪を収集し、連ねた『鎖』。
量り売りされた貴金属によって愛の重さを量るブローチや、美しさと毒を併せもつ水銀のオーナメント。
ギャラリーの悪しき慣習で、作品の売約を意味する画鋲をかたどったピンブローチ。
こうしたコンセプチュアルで、ときに挑発的なジュエリーは、所有するだけでなく、身体に着けて外部の社会に出ることによって、カンバセーションピースとして疑問や提言を投げかけ、対話を生み出すきっかけとなる。

石井かほるさん
石井かほるさん

「こんな恐ろしい指輪、もらった瞬間に逃げ出したくなりそう(笑)。このユーモアのセンスと反骨精神に感激しました。初期の作品から、子どものように物事を見つめる視線は一貫していて、さらに多角化しています。私の同世代の前衛的な芸術家たちにも、こういったひねりのきいた人が多かったですね。
私の得意分野はどちらかというと、尖ったもので互いに傷つけあうかのように、厳しく純粋性を追求する身体表現なんです。この展示空間でゲリラダンスをしてみたいですね。オットーさんをこの指輪で道連れにして、美術館を連れまわそうかしら?」

《2人のためのリング》1980年 ⓒ VG BildKunst 2013
《2人のためのリング》1980年
ⓒ VG BildKunst 2013

石井さんのダンスに一貫するストイックな怜悧さは、おそらく真の前衛の時代に身を置いてきた人ならではのものだろう。若いアーティストがみな〈自由〉を渇望していた1964年、彼女は単身アメリカへ渡った。

「初めて奨学金を得て、ニューヨークへ行き、ジュリアード音楽院へ入学しました。ヴィレッジのダウンタウンでは、毎日が変化に富んでいて、刺激的な出会いに満ちていた頃です。とんがった時代ですから、私も始終けんかを売っていましたね」。

石井さんをはじめとする、自分の手で自由を獲得するために旅立った先達たちの後を追うのが、オットー・クンツリの世代のアーティストたちだ。
彼らもまた1970年代以降、公募展の審査員のためでなく、自分たちの世代の価値観のためのクリエイションにこそ作家としてのアイデンティティを見出していくようになる。

「やはりそこにも反骨精神があったんですね。コンセプトがいかに重要であるかということにアーティストたちは気づいたんです。これまでコンテンポラリーデザインについて何も知識はありませんでしたが、ジュエリーとダンスには、共に身体感覚と知性をともなうことが不可欠であるという共通点があると思いました。ジュエリーやダンスを通じて、私たちは時代性を共有することができるのです。素敵な出会いになりました」。

写真左:石井かほるさん 右:オットー・クンツリさん
写真左:石井かほるさん 右:オットー・クンツリさん

そう石井さんは生き生きと語った。しなやかさと硬質感をかねそなえたその姿勢には、オットー・クンツリと同様の、時代と自分自身を常に挑発し、触発していくエネルギーが満ちていた。

石井かほる(いしい かほる)

石井かほる

舞踊家、演出・振付家、舞踊教育
師石井漠、S. M.メッセレル。第1回フルブライト研究員でジュリアード音楽院卒。日本を代表する国際的な活躍をしている舞踊家である。作品は”人間関係・愛・死・自然環境との共生 “など社会問題提起をする作品、ジャンルを超えて新しい出会いをはかる作品など、人間、自然、時間次元への思いを多角的に深く掘り下げながら創作活動を行なっている。詩人谷川俊太郎、作曲家高橋悠治、一柳慧、美術家三輪美奈子、浜田剛爾、若いミュージシャン、映像作家らと共に劇場空間はもとより美術館、小スペース、公園、ギャラリーなどで公演を行い新鮮で現代的な作品を発表しつづけている。主な作品は、「ザムザラ」「幻想交響曲」「ふたり」「Whither1-2」「エヴァのひみつ」「I Lost, We Lost・・・」「不知火」「路上」など多数。
近年はアジア・環太平洋の若い芸術家達と交流の輪を広げる。愛と平和を祈り踊り続ける『かほるのゲリラダンス・旅のとちゅう』は野外で行脚中。主な受賞は、国際舞踊コンクール銀賞、舞踊批評家協会賞、芸術祭優秀賞、イタリア賞、芸術選奨文部大臣賞、エミー賞、紫綬褒章、旭日小授章。ニムラ賞など。