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アール・デコの邸宅美術館太田はるの(デザイナー/アーティスト)インタビュー

対談・インタビュー録

アール・デコの邸宅美術館

text:石澤季里(プティ・セナクル) photo:佐藤雄治

大食堂のセッテング写真
スープチュリンアップ
写真:ナカサアンドパートナーズ

朝香宮邸の玄関、大客室、大食堂など主要な部屋の内装デザインを手がけたアンリ・ラパンの役職につけられた「アンサンブリエ」という耳慣れない言葉。彼の役割は空間に鏤められた人々の「想い」を汲み取り、具象化していくことにあった。あるときは家具や絨毯のデザイン画を描き、画家として自ら筆を取り壁画の製作にあたった。その一方で、ルネ・ラリック、マックス・アングラン、レイモン・シュブ等、人材を選抜し、その制作活動を監督。仕上がってきた装飾の全てをコーディネートする役割は、朝香宮邸という巨大な空間の指揮者のようだ。
装飾家、ラパンが朝香宮邸の「アンサンブリエ」だったように、現在、開催中の『アール・デコの邸宅美術館展』で、大食堂と小食堂の「アンサンブリエ」を務めたのは、有名ブランドの店舗やショーウィンドウのデザインを手がけて活躍中のアーティスト、太田はるのさんだ。

「両親とも画家で子供の頃から芸術家に囲まれていた私は、『家族のお出かけは展覧会』という、ちょっと特殊な環境で育ちました。大学ではグラフィック・デザインを学び、一旦は、日本のプロダクト系の会社に入社したのですが、やはり、自分にはインダストリアル・デザインは向いていないと感じて退社し、パリのエコール・カモンドでデザインを学び直したのです。フランスでは、テーブル・アートはインテリアの一部と解釈されています。この時、習得したことが展覧会の仕事には大きく役立っています。」

大食堂セッティング
大食堂セッティング
写真:ナカサアンドパートナーズ

今回、太田さんが手がけた大食堂の展示コンセプトは、『サマー・バンケット〜アンリ・ラパンの夏のおもてなし』だ。

「当時はクーラーもありませんでしたし、もし、ラパンが夏に朝香宮邸を訪れたら、まぎれもなく、開け放した窓の外に広がる鬱蒼としたアジアの庭に衝撃を受けたはずです。センターピースとして用いたのは、ラパンとともにアール・デコのモダニズムを牽引したアーティスト集団UAM(UNION ART MODERNE)のメンバーの一人、シルバーデザイナー、ジャン・ピュイフォルカの幾何学的で彫刻的な大きなスープチュリンです。持ち手の緑色のアベンチュリンクォーツ(砂金石)を庭園のグリーンと呼応させました。17世紀から18世紀にかけて、センターピースを中心に何十皿もの料理を豪華絢爛にテーブルに飾るフランス風サービスはヨーロッパ王室の模範でした。フランス革命後は、一皿一皿をサービするするロシア風サービスが主流になったものの、家庭ではスープチュリンをセンターピース代わりに、シンメトリーにテーブルをセッティングするのが現在でも一般的です。」

ヴァレクストラ・ジャパン株式会社
ヴァレクストラ・ジャパン株式会社
東京ミッドタウン店
写真:ナカサアンドパートナーズ

店舗デザインでは極力シンプルであること。質の良いものを正しく用いて、変化をつける工夫をすること。そして、ショーウィンドウデザインでは、刺激的でちょっと驚きのあるストーリー作りを心がけているという太田さん。

「ショーウィンドウデザインでは、最初に絵本やコミックブックを作って場面を再現したり、探偵小説やホラー小説を想定したストーリーを作ったり、ひとつのショーウィンドウのために100枚近く絵を描くこともあります。クリエイションをそのまま完結させられるところが楽しいです。」

エルメスジャポン株式会社 ショーウィンドウ
エルメスジャポン株式会社
エルメス御堂筋店 ショーウィンドウ
写真:ナカサアンドパートナーズ

店舗デザインやショーウィンドウデザインの仕事では、空間のストーリー作りを大切にしているという太田さん。今回の展示で重視したのはどんなことなのだろうか?

「第一次大戦後、花開いたアール・デコの時代の多彩なクリエーションのなかには、時としてグロテスクな折衷様式が存在しますが、朝香宮邸は非常にバランス良く美しい建物です。そして、エントランスの香水塔からはじまる、ゲストに対する完璧なおもてなしのストーリーが存在しています。調和が奏られているほどエレガントなものはないはずなので、展示では、往年からのラグジュアリーな職人芸によって支えられているハイ・ブランドの製品だけを厳選しました。」

そうして用いられたのは、18世紀にフランスで初めてクリスタル・ガラスを製作し、王室御用達となったサンルイ「トミー」のヴィンテージ品。そして、日本を誇る大倉陶園に白磁皿を特注した。格調高いコーディネートにユーモアを加えるのは、芸術的なフォルムと色がアーティストにも愛されたアーティチョークだ。

「テーブルデコレーションにアーティチョークを用いたのは、とあるパーティでその凝ったお料理に驚き感動したからです。アール・デコ時代はギャングの資金源になるほど人気の食材だったそうですよ。」

日々の暮らし、体験すべてがクリエーションソースである太田さんらしい話だ。

“アンサンブリエ”として強い美意識を持って今回のテーブル・アートを作り上げた太田さん。ぜひ夏の邸宅でエレガントな調和を体感してほしい。

太田はるの(おおた はるの)

太田はるの

カレ・ブラン代表。デザイナー/アーティスト。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、パリのエコール・カモンドÉcole Camondoで学び、有名ブランドの店舗やショーウィンドウのデザイン、スペースデザイン、VMD、商品企画等を手がける。現在、東京都庭園美術館で開催中の「アール・デコの邸宅美術館」展で大食堂と小食堂のテーブル・アートをコーディネートした。