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メインタイトル:邸宅美術館のアートな空間

第5回 <海外編>ラ・ピシーヌ美術館

 「アートな空間」では、これまで歴史的建造物を転用している日本国内の様々な美術館をご紹介してきましたが、海外にも素晴らしい「アートな空間」がたくさんあります。例えば、フランスの古い駅舎を改修してつくられた「オルセー美術館」や、発電所を再利用したイギリスの「テート・モダン」などが有名です。今回はその中からフランスのユニークな美術館をご紹介したいと思います。


フランス語で「プール」を意味する「ラ・ピシーヌ」


建物外観

建物外観

上は「プール(浴場)」、向かって左が男性、右が女性用入口。

上は「プール(浴場)」、向かって左が男性、右が女性用入口。

 フランス北部のベルギー国境近くにルーベという町があります。ここは19~20世紀にかけて繊維産業で栄えた町です。この町の中心部には、かつてアール・デコ様式の美しいプールがありました。1932年にリール出身の建築家アルベール・バエの設計により建てられたこのプールは、町の人々に大変愛されていましたが、屋根の老朽化などにより1985年に閉鎖されました。このプールをそのまま美術館にしたのが「ラ・ピシーヌ美術館」です。

 プール閉館後、ルーベの地に美術館の建設計画が持ち上がると、時の市長アンドレ・ディリジャンと館長のブルーノ・ゴディションは、町の中心地にあり、かつて人々の憩いの場であったこの美しい市営プールを美術館として再生させると決めました。1993年に改修の国際コンペが行われ、建築家のジャン=ポール・フィリッポンの案が採用されました。フィリッポンはガエ・アウレンティ女史とともにオルセー美術館の改修を手がけた人物として知られています。こうして約3年間の工事を経て、2001年にフランス語で「プール」を意味する「ラ・ピシーヌ」を館名に付したユニークな美術館が誕生しました。


プールの記憶を受け継ぐ美術館

水がたたえられた展示室。放射線状のアール・デコらしいデザインが美しい。

水がたたえられた展示室。放射線状のアール・デコらしいデザインが美しい。

色鮮やかなガラスと放射線のモチーフがアール・デコらしい。

色鮮やかなガラスと放射線のモチーフがアール・デコらしい。


プールサイドに並ぶ彫刻。大型作品もあり見ごたえがある。

プールサイドに並ぶ彫刻。大型作品もあり見ごたえがある。

水着や帽子が展示されているかつてのシャワールーム。

かつてのシャワールームでの展示。

新しい展示室。奥に見えるのは中庭。

新しい展示室。奥に見えるのは中庭。

プール時代の食堂を活用したレストラン。天井の照明もアール・デコらしいデザイン。

プール時代の食堂を活用したレストラン。天井の照明もアール・デコらしいデザイン。

 さて、館内に入ると、かつてプールだった場所に今も水がたたえられていることにまず驚かされます。プールの両側の壁には、黄色、オレンジ色、赤色のガラスが放射線状にはめ込まれ、空間全体を明るく照らし出しています。この放射線状のデザインはまさにアール・デコの時代によく用いられたモチーフの一つです。片側の壁の下には、陶器作家のアレクサンドル・サンディエの炻器(せっき)作品が置かれており、プールサイドにはずらりと彫刻がならんでいます。


 プールサイドの両側にはかつてシャワールームがありましたが、現在は展示室となり、訪問時にはドレスや帽子、昔の水着などが展示されていました。また、改修工事により新しい展示室も作られました。特に美しい庭園を囲むように建てられた展示室は壁面が部分的にガラス張りになっており、自然光の中で庭園を見ながら、彫刻や陶磁器などの作品を楽しむことができます。


 展示の中心はエミール・ベルナールやピエール・ボナール、カミーユ・クローデルを含む絵画や彫刻作品ですが、テキスタイルの素晴らしいコレクションもあります。この19世紀から20世紀に至る生地見本、型紙などを集めたテキスタイルコレクションは、まさに繊維産業で栄えた町の記憶を象徴するものなのです。
 また、プール時代の食堂を活用したレストランでは、メニューに所蔵作家の名前や開催中の展覧会の出品作品名をつけるなど心憎い演出もされています。平日にもかかわらずたくさんの人が訪れているのは、こんな遊び心あふれる心遣いが人々に愛されているからかもしれませんね。


 いかがでしたか?プールを美術館として活用するとはなんともユニークな試みですね。ラ・ピシーヌ美術館は、人々が愛したプールの記憶をとても大切にしています。その思いが、ユニークで素晴らしい「アートな空間」を創り出したのではないでしょうか。もし海外旅行で近くにお出かけの機会がありましたら、ぜひ一度お立ち寄りください。

(執筆:浜崎)


  • LA PISCINE MUSEE D’ART ET D’INDUSTRIE ANDRE DILIGENT-ROUBAIX
  • 住所:23 rue de l’Espérance 59100 ROUBAIX
  • Tel. 03 20 69 23 60
  • Fax. 03 20 69 23 61
  • www.roubaix-lapiscine.com

musée La Piscine. Architectes Albert Baert 1932 - Jean Paul Philippon 2001
© Adagp, Paris 2012. Photo : A. Leprince MAIAD Roubaix


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