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メインタイトル:邸宅美術館のアートな空間

第3回 大原美術館

 モネにゴーギャン、ピカソにモディリアーニ、青木繁、高村光太郎、萬鉄五郎、そしてエル・グレコ…そんな美術の教科書に出てくる名画の数々を、常に間近で鑑賞出来る美術館が、岡山県倉敷にあります。1930年(昭和5年)に日本で最初の西洋絵画を展示する美術館として誕生した大原美術館です。

写真1:ギリシャ神殿のような大原美術館本館

写真1:ギリシャ神殿のような大原美術館本館

 大原美術館の歴史は、倉敷の地で紡績業をはじめとして数多くの事業を手掛けていた事業家の大原孫三郎が、画家である児島虎次郎と出会ったことから始まります。
 児島は、孫三郎の支援により三度にわたり渡欧し作品制作の傍ら、当時の西洋の優れた作品を収集しました。この1920年代初頭に児島が集めた作品は、現在でも大原美術館コレクションの核となり、そして日本においても有数のコレクションとなっています。その後、孫三郎の息子、總一郎の代には西洋や日本の前衛的な作品が積極的にコレクションに加えられています。同時に、日本近代洋画、工芸、エジプト、オリエント、中国の古美術なども収集し地域や時代を超え幅広くコレクションを拡充していきました。
 近年では日本の現代美術を担うアーティストが大原美術館のために制作した作品を積極的に収蔵するなどし、どの時代においても“現在”の優れた芸術作品を収蔵するという設立当初からの理念は揺るぎません。また、2005年からは「ARKO[あるこ](Artist in Residence Kurashiki, Ohara)」と呼ばれる若手作家の支援を行っており、美術作品を収蔵・展示するだけではなく、次世代への支援にも積極的に取組まれています。

今回の「邸宅美術館のアートな空間」では、倉敷の伝統的建造物保存地区の中心に位置し、美術館として80年以上の歴史を持つ大原美術館へお邪魔し、副館長の虫明優[むしあけまさる]さん、学芸課長・プログラムコーディネーターの柳沢秀行さんにお話を伺いました。


「大原家の米蔵を展示室として活用し、部屋全体がまるで一つの作品のような工芸館と東洋館」

写真2:天井から続く壁の木までもが作品のように思える、棟方志功室。

写真2:天井から続く壁の木までもが作品のように思える、棟方志功[むなかたしこう]室。

 今回取り上げた大原美術館では、大原家の米蔵を活用した展示スペースである工芸館と東洋館に注目しました。
 ギリシャ神殿を彷彿とさせる本館の右隣にある、工芸館・東洋館は外観こそ米蔵の面影を残しつつも、中へ一歩足を踏み入れると、作品と展示空間が見事に調和したアートな空間が広がっていました。床はダークブラウンや黒の木や瓦を用い、土壁に格子窓からあたたかな光が差し込む民芸調の色彩豊かな世界。そこに展示されている素晴らしい作品もさることながら展示空間そのものに魅了されてしまいます。
 それもそのはずで、工芸館や東洋館は染色家としても有名な芹沢銈介[せりざわけいすけ]が総合プロデューサーとなり、各部屋ごとに展示する作品と調和するように窓の形、床の模様、展示ケースに扉、壁、手摺を含めた全てに至るまで芹沢がデザインした、部屋全体がまるで一つの作品なのです。

 さて大原美術館ならではの活動として、その数々の名品を活用した特徴ある教育普及活動が挙げられます。大原美術館では大人や小中高生を対象にしたものだけではなく、幼児に対しての活動を10年以上も実施しており、近年では徐々にその成果を感じる事があるそうです。


「教育普及活動では、子どもたちが作品を見たことにより自由に発展していってほしいと思っています。」

柳沢さん
「教育普及活動は作品を見た子どもたちに対して、“これは踏切板です。スタートです。ここから、あなたがどれだけ触発されて、色々な創造、イマジネーションやクリエーションをするか、そのスタートとして使ってください。”という位置付けで行っています。」

写真3:本館へ入っていく地域の園児たち。

写真3:本館へ入っていく地域の園児たち。

 日本美術界のため、ヨーロッパの同時代絵画の優品を収集することに専念したという大原孫三郎と児島虎次郎。彼らの意志は、教育普及活動という形においても引き継がれています。例えば、倉敷市内にある、約25の保育園・幼稚園がそれぞれ年間1回、多い園では4~5回も来館し、パズルや展示作品の模写、作品を見て感想を話すなどの活動を行っています。私たちが訪問した日も、園児たちがプログラムを体験していましたがその表情はまさに真剣そのものでした。
 この幼児体験プログラムを幼い頃に体験した子供たちが青年となり、高校生や大学生を中心とした「ジュニア・アテンダント・スタッフ」として今では美術館の支援に回る子もいるほどです。また、中にはアーティストとして展覧会を行う人も出たりと、まるで幼い頃にまかれた種が十年という月日を経て芽吹き草木がそだつ様子を見ているようです。「とにかく小さい頃から3回美術館へ行けば、必ず美術ファンになる。要は気楽に美術館へ足を運ぶ事が出来るようになり、美術館への敷居の高さを感じなくなる」という考えが今では形になっているのですね。


 ところで、大人を対象にした教育普及活動は、美術史家として高名な高階秀爾[たかしなしゅうじ]館長自らご登壇される「高階秀爾の美術教室」、学芸員の美術館解説を聞きながら館内を回る「ギャラリーツアー」、美術館スタッフとお気に入りの作品をさがす「対話型鑑賞ツアー・フレンドリー・トーク」などのラインナップもあります。また、館内だけではなく美術館を飛び出し、ナマコ壁の町並みが美しい倉敷を知る「建物探訪」講座など、地域との関わりも深そうです。
 専門的な講座から、親しみやすいフレンドリー・トークまで、どなたでも楽しめるように工夫されているのも嬉しいですね。


「地域と一体になるようなイベントを積極的に行っています。」

虫明さん
「美術館の職員が地元の方と一緒になって色々なイベントに協力するといった要請も割合と多いですし、こちらからも地域と一体になるようなイベントを積極的に行っています。」

写真4:大原美術館中庭に、龍の形にランプを置いてゆく。
写真4:ランプに火が灯った様子。

写真4:80周年記念プロジェクト、ワークショップの様子。(上:大原美術館中庭に、龍の形にランプを置いてゆく。 下:ランプに火が灯った様子。)

 2010年に、開館80周年を迎えた大原美術館。80周年記念プロジェクトの一環として、地域の方々と一体となり美術館の誕生日をお祝いするプロジェクトを実施しました。例えば、美術館本館の前にかかる「今橋」に彫られた龍の模刻レリーフを和紙に転写、棟方志功[むなかたしこう]の作品さながら拓本した和紙の裏から色とりどりの絵具を塗り、ランプを制作、そして火を灯し「Happy Birthday」を歌うワークショップを実施しました。このワークショップには、地域の幼児から小学生、プロジェクトに参加する大学生、一般の方々が参加し大いに盛り上がったそうです(その時の様子は、こちらから見る事が出来ます)。アーティストである柴川敏之氏の指導やボランティアスタッフの力もさることながら、周辺地域の方々との日ごろからの連携が成功へと導いたのではないでしょうか。
 また、記念日だけではなく日頃から地元の方々が大勢集まる朝市では“ワンコイン(500円)で入る事が出来る割引券”の配布などをされているそうです。地域に根差し地域と共に歩む様々な工夫がなされているのですね。


写真5:左から、大原美術館副館長の虫明さん、当館学芸員の浜崎・岡部。

写真5:左から、大原美術館副館長の虫明さん、当館学芸員の浜崎・岡部。

 日本美術界のために西洋の同時代絵画の優品を収集すること事から始まった、大原美術館。現在でもその意志は引継がれ、幼児から大人まで幅広い層に対して様々な形で芸術に親しむ・創造的活動を行うなどの支援が行われています。美術が好きな人にも、美術に興味を持ち始めた人にも存分に楽しむ事が出来る美術館でした。虫明さん、柳沢さんありがとうございました。
(2012年2月16日、岡部・浜崎・高橋取材)


  • 大原美術館
  • 住所:岡山県倉敷市中央1-1-15
  • TEL:086-422-0005
  • FAX:086-427-3677
  • URL:www.ohara.or.jp
~次回は、2012年7月更新予定です。お楽しみに!


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