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メインタイトル:邸宅美術館のアートな空間

第1回 原美術館(旧原邦造邸)

写真1:原美術館外観

写真1:原美術館外観
外壁をよく見ると四角いタイルが貼りつめられています。改修の際には、剥がれたタイルの張り替えも行われました。

 原美術館は、1938年に建てられた実業家・原邦造(くにぞう)の私邸を美術館として活用しています。広大な敷地の中に、和館の母屋がありました。この母屋を取り囲むように建てられたのが、建築家・渡辺(じん)による1930年代のヨーロッパモダニズムを取り入れた最先端の邸宅でした。そして時代は流れ、このモダンな邸宅は、数多くの現代美術の展覧会が開催されてきました。訪れる人をいつも楽しませてくれる原美術館は、現代美術の魅力を伝え続けています。今回は、原美術館学芸統括の安田篤生(あつお)さん、広報の野田ユミ子さんにお話を伺いました。まずは展示の際、心がけていらっしゃることについてお聞きしました。

「ここに展示することによって良く見える作品を選びます」

安田さん
「空間そのものにクセのあるところですから、作品がまずここに合うという前提で展示構成を考えないといけません。ですから、作家が新作を作ってくる場合はちゃんと空間を下見してもらって、空間と合った作品を考えてもらいます。現在は、作家自身が当たり前のようにすごく空間を意識するようになり、その空間の中で自分の作品をどう見せるのかを深く考えるので、作家の方から展示方法・壁の色などを含めた“こうしたい”と言う提案もあります。」

写真2:「アート・スコープ2009-2011」─インヴィジブル・メモリーズ 展 ギャラリー2展示風景

写真2:「アート・スコープ2009-2011」─インヴィジブル・メモリーズ 展 ギャラリー2展示風景
エヴァ・ベレンデス 「Untitled」2010年
撮影:木奥恵三 写真提供:原美術館
原邸時代の1階朝食室であったところを、展示室として利用。半円形の大きなガラス開口を活用した展示が行われています。

 一般的に美術館というと、「ホワイトキューブ(白くて四角い箱)」と呼ばれるニュートラルな箱型の空間を思い浮かべるものです。原美術館は白くモダンな建物ですが、邸宅であったため、半円形の大きなガラス窓や、階段の手すりなどに独特の雰囲気があります。このような空間の特徴をより強く意識した展示デザインは、1996年の「倉俣史朗の世界」展の前後から増えてきたそうです。今では、原美術館の個性的な空間を楽しむ作家の方も多く、絵画・彫刻から映像作品まで、展覧会によってさまざまな空間の演出が見られるとのこと。もちろん、魅力的な空間を生み出すためには、様々な工夫が必要です。例えばエレベーターのない限られたスペース内での作品搬入はとても大変で、ときには階段の手すりを外してしまうこともあるとか。そして、その工夫の結晶ともいえるのが原美術館の照明です。

「2008年の大改修のとき、美術館専用の照明設備を作りました」

安田さん
「ここは天井が低いので、物と照明の距離が近い。美術館用の照明器具はある程度遠い距離から当てるという前提で作られているので、難しい部分もありました。しかし2008年の大改修のとき、ここ(美術館)専用の照明設備を作ってもらおうということになり、ちょうど普及してきた光ファイバーを利用した照明を採用しました。」

写真3:照明

写真3:照明
天井から、ひょこっと顔を出しているのが2008年の改修の際に新設した照明。多方向へ動かすことができ壁面全体を明るく照らし出しています。

 展示に必要不可欠な照明も、原美術館ならではの工夫が施されています。2008年の改修の際、壁面全体を照らす「ウォールウオッシャー」方式を取り入れました。照明家の豊久将三氏によるフルオーダーメイドで実現したこのシステムの導入によって、作品と照明との適切な距離が可能になりました。館内には、この光ファイバーが天井からずらりと顔をのぞかせている場所があります。しかし、一般的な照明よりもずっと小さく目立たないため、鑑賞者は作品を集中して見ることができます。しかも、角度を自由に変えられるうえ、アタッチメントを付けるとスポットライトにもなるという優れもの。これにより理想に近い照明が実現されたそうです。 

「当館の『イメージケーキ』は90年代前半から続いています」

 さて、展示以外の施設にも原美術館の独自性がうかがえます。展覧会オリジナルメニューの先駆けともいえる原美術館カフェ ダールの「イメージケーキ」は、その代表的なものといえるでしょう。しかし、あくまでも食べられる素材でケーキを作らなければならないため、シェフも展覧会によって色々とアイデアを練っているとか。

野田さん
「『イメージケーキ』は展覧会にちなんだメニューとして、90年代前半から続いています。やはりケーキによっては、作品に合わせた形を作らなければならないという事もあって、シェフ自身がアルミの板なんかを買ってきて自分で折り曲げたりして、ケーキに使用する型を作ったりしているんですよ。」

写真4:写真

写真4:
左から、原美術館広報の野田ユミ子さん・学芸統括兼ハラ ミュージアム アーク副館長主任学芸員の安田篤生さん・東京都庭園美術館学芸員浜崎

 あの可愛らしいケーキの影に、シェフのひと手間があったとは知りませんでした。ところで、原美術館のカフェは2回増築されています。最初はガラス張りの中庭に面した客席だけを作り、その後、厨房スペースを確保するため改修したそうです。さらに、今ではカフェの隣に小さな多目的ホールがあり、混雑時にはこちらをカフェの一部としても使用しています。ここには訪れる人にトータルで展覧会を楽しんでほしい、という原美術館の心意気を感じます。
 ところで原美術館に行くと、ついついミュージアムショップに立ち寄ってしまいます。ショップにも原美術館ならではの工夫があるのでしょうか。

「宮島達男さんのTシャツはロングセラーです」

野田さん
「当館には宮島達男さんの常設作品があります。それをモチーフにしたTシャツがロングセラーです。Tシャツの数字の部分をペンで塗ると自分の好きな数字のTシャツができます。つまり、世界に1枚しかないTシャツができるわけです。」

 原美術館を訪れる人は、ショップでも展覧会の余韻を楽しむことができるのですね。その代表例がこの宮島達男Tシャツなのかもしれません。なお、原美術館で今一番人気のグッズ(カタログを除く)は、アーティストの加藤泉さんとのコラボレーションによるボールペンだそう。こちらはボールペンを逆さにするとあら不思議!心憎い演出が・・・。宮島達男Tシャツも加藤泉ボールペンも、アート好きな人々の心をくすぐる一工夫が施されています。そしてさらに、原美術館はオンラインショップも開設しています。買い逃したあの商品も、このカタログも、ネットから購入することができます。ここにも原美術館の心意気を感じます。

 

 洗練された展示空間に始まり、カフェ、ミュージアムショップに至るまで原美術館には、現代美術を愛し、訪れる人を楽しませたい、という思いが溢れていました。そして、その影には展覧会スタッフはもちろんのこと、カフェ、ショップのスタッフに至るまで、美術館全職員のたゆまぬ努力がありました。安田さん、野田さんありがとうございました。(2011年9月29日、浜崎・高橋取材)

  • 原美術館
  • 住所:東京都品川区北品川4-7-25
  • TEL:03-3445-0651 
  • FAX:03-3473-0104
  • URL:http://www.haramuseum.or.jp/
  • 「アート・スコープ2009-2011」―インヴィジブル・メモリーズ」
  • 2011年9月10日(土)~12月11日(日)まで開催
~次回は、2012年1月更新予定です。お楽しみに!


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