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きれいに揃った縫い目や細かい手仕事を見ることは、それだけでも快感がありますね。また自分でも制作をし、針を運ぶ作業に没頭する時間が大好きという方もいらっしゃるでしょう。
本展では、点状に刺し続け手垢が染み込んだブックカバー(みたいなもの)や、ビーズや造花を増殖させた不思議な塊、刺繍の裏面の処理をせずに長く垂らした糸など、手工芸として見ると「???」と思うような作品も展示されます。参加している作家たちは、いわゆる手芸作家やクラフトデザイナーと呼ばれる人たちではありません。NHKの「おしゃれ工房」にも出演は(多分)しませんし、「刺繍の貴公子」と呼ばれることもまずないでしょう。彼らは洋服や小物を作るわけではなく、また裁縫が趣味だったわけでもありません。作家の多くは「別に手芸が好きではないし、縫うことが得意なわけでもない」と言いきります。それでも彼らは時間や記憶、両義性などさまざまなテーマを表現するために、それが最もふさわしい手段だから、針と糸を使うことを選んだのです。それは美しさや快適さを求める手芸や工芸とは、異なる表現かもしれません。
しかし手芸が好きな方であれば、それらをどうやって作ったのか、どの位の時間をかけたのかが理解できるでしょうし、無心に針を動かす作家たちに共感し、作品を作ることの意味を再発見するかもしれません。手芸ファンこそ、誰よりもこの展覧会を楽しめるのではないかと思います。
不器用上等!の男性ばかりの手芸グループ「押忍!手芸部」によるワークショップもオススメです。
現代美術が好きな人には、テキスタイルを用いた表現は微妙に敬遠されているようです。明治期に「美術」と「手工芸」が切り離され、さらに「手芸」が主婦による家庭のホビーを指すようになってから、布の表面に油を塗ったものは「美術」、布に針を刺して糸を通したものは「手芸」と分けられてしまいました。しかし多様な技法・技術の中から様々な表現を選ぶことのできる現代において、その区分はあまりにもナンセンスに思えます。むしろ本展出品作家を含め、同時代のアーティストによる布や糸を用いた作品が、美術や絵画を成り立たせているシステムを疑い、メディウムを疑い、表現のアクチュアリティを疑って批評的にとらえて生まれてきた先鋭的な表現であることに目を向けるべきではないでしょうか。
また、東京都庭園美術館は、1933年に朝香宮邸として建てられた建物をそのまま使用しており、窓や鏡、マントルピースなど居室らしい内装を残した展示室は、白い壁に囲まれた他の美術館とは異なる雰囲気をたたえています。大きなシャンデリアとガラスパネルが華やかさを添える客室や、落ち着いたたたずまいの寝室など、それぞれの部屋での展示にあたって、作家たちは当館のためのインスタレーションのプランを出してくれました。特に手塚愛子、伊藤存、秋山さやか、竹村京は本展のための新作を発表します。今ここでしか見られない展示をお楽しみに。
誰にでもできる手法によって他者と時間を共有する「刺繍カフェ」や、伊藤存の仕掛けるワークショップ、各作家のアーティストトークにもぜひご参加ください。
秋山さやか Sayaka AKIYAMA/1971年兵庫県生まれ。
神奈川県を基点に世界各地で滞在制作を行う。
地図をプリントした布や紙に歩いた跡を糸で辿り、その縫い目の動きや糸の色、ところどころに縫いとめられたもの(ボタンや店の包装紙など)が、作家の行動と感情の動きを伝える。その地図の場所に数日から数ヶ月滞在し、そこで調達した材料を使って制作を行う。本展でも美術館の近くに滞在し新作を作るほか、インスタレーションを展開。
伊藤存 Zon ITO/1971年大阪府生まれ。京都府在住。
一見すると抽象表現のようでいて、山や森などの自然風景や人体や動物などが見え隠れする。地と図が渾然一体となり見る者の認識をゆるがせる描線は、ドローイングの質感や味わいを否定し、線をシンプルに実体化させた「糸」を使っているからこそ生まれるもの。言葉遊びのように様々なイメージの間を軽やかにすり抜けるその表現が、いつしか快感になる。
奥村綱雄 Tsunao OKUMURA/1962年三重県生まれ。東京都在住。
こけしを模写したペインティングなどを描き続ける一方で、切れかかった蛍光灯や酢昆布など日常的なものを使ったコンセプチュアルな個展を開く。本展では、ガードマンとして働く夜勤の時間ひたすら刺し続け、手垢がしみこみ変色した刺繍作品とその道具一式、ガードマンの制服を展示した伝説の個展「夜警の刺繍」を再現する。
清川あさみ Asami KIYOKAWA/1979年兵庫県生まれ。東京都在住。
衣装・空間・映像デザイン、広告のアートディレクションなどを手がけ、女優やタレントを動植物に見立てた作品集『美女採集』や絵本『幸せな王子』『人魚姫』などでも知られる清川は、現代美術の作家として初めて本展に参加する。少女を撮影した写真に、刺繍によってコンプレックスを顕在化させた《Complex》シリーズを初公開するほか、インスタレーションも展開。
竹村京 Kei TAKEMURA/1975年東京都生まれ。ベルリン在住。
写真やドローイングに、刺繍をした透ける布を重ねた平面作品と、割れたガラスや陶磁器を布で包んで縫う「修復された」シリーズ、そして透ける紙で作ったお面をつけて友人や身近な人の日常を演じるパフォーマンスを制作の柱としている。既に存在しないものや薄らいでいく記憶を白い絹糸で定着させるという方法は、刺繍の要する時間や身体の運動によって、より強いものになっていく。
手塚愛子 Aiko TEZUKA/1976年東京都生まれ。京都府在住。
織物から糸を引き抜いて解体し、その糸でまた織物を再構成する作品など、布や糸を使った作品制作に取り組む。キャンバスの表面に何かを載せることで成立してしまう「絵画」というものへの批判的試みとして、糸が交錯する刺繍の裏側をあえて見せて刺繍の構造を明示する作品を制作している。イメージと素材を同時に提示する手塚の作品が、庭園美術館の「大広間」を包み込む。
ヌイ・プロジェクト nui project/10年ほど前にはじまった、鹿児島県にある知的障害者施設「しょうぶ学園」の刺繍工房の活動。クラフト製品ではなくアートとして個人の創作活動を尊重し、20人余りの縫い手それぞれが個性的な作品を生み出している。
本展では、
大島智美のビーズ刺繍による棺桶カバーや、
吉本篤史[による繊細なオーガンジーの刺繍作品などを展示する。色彩や形態へのこだわりから生み出される作品に、作り手の時間が積み重ねられていく。
村山留里子 Ruriko MURAYAMA/1968年秋田県生まれ。秋田県在住。
色とりどりに染めた布の小さな断片をモザイク状に縫いつなげて作る布の作品で知られる。2002年からビーズやフェイクパール、造花やリボンなどを埋めつくし重ねて作るオブジェ「奇麗の塊」シリーズの制作をはじめる。作家の手によって過剰なまでに積み重ねられた「塊」は、奇麗を通りこしたグロテスクさや呪術性を感じさせる。
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