
エカテリーナ2世(1729-1796)は、1729年北ドイツ(現在はポーランド領)のシュテッティンで生まれました。
1745年に大国ロシアの皇太子で女帝エリザヴェータの甥ホルシュタイン公ピョートルと結婚しました。やがて1762年に女帝エリザヴェータが死去すると、皇太子ピョートルは皇帝に即位しました。しかし、ピョートルの度重なる愚行から、ロシア国内ではエカテリーナを女帝に押す動きが強まり、同じ年の7月ついにクーデターを起こし成功させエカテリーナは女帝になりました。
即位後は、教育の振興、病院の設立、文芸の振興などに力を注ぐと共に、積極的な外交政策を行いました。オスマン帝国(トルコ)との戦争に勝利し、ポーランドの三度にわたる分割に関与し、ロシア帝国の領土を拡大していきました。また、ボリショイ劇場や離宮エルミタージュ宮殿の建設にも熱心でした。
ロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館は、膨大な作品と質と量において、ルーヴル美術館、大英博物館、メトロポリタン美術館などと並び称される世界最大級の美術館です。絵画、彫刻、工芸、武器、家具、タペストリー、建築装飾など300万点以上の作品を所蔵しています。
エルミタージュとは、フランス語で「隠れ家」の意味です。エルミタージュ美術館は、ロマノフ王朝の歴代皇帝の宮殿であった冬宮を中心とし、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、小エルミタージュ、エルミタージュ劇場の5つの建物からなっています。これらの建物は18世紀半ばから19世紀半ばにかけて作られたもので、建物自体が素晴らしい芸術作品であることは言うまでもなく、美しい外観・内装は訪れる人々に感動を与えています。
器形、絵付けデザインに統一をもたせた食器セットのことです。ディナー用、紅茶、コーヒー、ココア用などの用途がありました。18世紀の正餐では、料理の給仕は現在のように一皿ずつコースで行われるのではなく、料理とデザートの2回に分けて、幾種類もの料理が同時に食卓に並べられました。そのため、食器も料理用のセルヴィスとデザート用のセルヴィスの2種類に分かれていました。

1768年に始まったトルコとの戦争にロシアが勝利したことにより、プロイセン(現在のドイツ)の国王フリードリヒ2世は、ロシアの軍事拡張を脅威に感じるようになりました。そこで、ロシアとの友好関係を促進するため、ロシア軍の勝利を祝う豪華な磁器製セルヴィスをエカテリーナ2世に贈りました。それが《ベルリン・デザート・セルヴィス》です。
ベルリン王立磁器製作所で作られたこのセルヴィスは、1772年の夏ロシアに到着しました。
テーブルの中央には女帝の白い彫像が置かれ、周囲をロシアの様々な民族と階級の代表者たちがそれぞれ小さな集団を作り、エカテリーナの彫像を取り囲んでいます。その他にも、丸い台座に据え付けられた戦勝記念碑、トルコ人捕虜の彫像などがテーブルに置かれ、皿にはトルコ軍と対峙するロシア軍の絵が描かれています。
エカテリーナ2世はカメオ(瑪瑙、大理石などに浮き彫りを施したもの)やインタリオ(沈め彫りを施したもの)など手彫宝石の熱心な収集家でした。この《カメオ・セルヴィス》は、当時にわかに流行りはじめたギリシャ・ローマ風の最新デザインが取り入れられています。オリジナルのカメオ彫刻を模した装飾を食器に施したこのセルヴィスは、長らく女帝の愛人であり、生涯、彼女の最も信頼のおける友人でもあったグレゴリー・ポチョムキン公爵への贈り物として作られました。
そして、このセットからはもう一つ、ロシアとフランスの微妙な関係を読み取ることが出来ます。1770年代の前半頃まで、ロシアにとってフランスは憧れの国でした。しかし、1773-75年にロシア国内で農民による反乱が相次いで起こると、それまでロシアが影響を受けていたフランス流の啓蒙主義的風潮は避けられるようになりました。それらの思想が王侯貴族の立場を脅かすものだと受け止められたからです。けれども、1774年にルイ16世がフランス王に即位すると、女帝はフランスとの新しい関係を前向きに考え、このセルヴィスを注文しました。残念ながらその後、両国の関係は良好にはなりませんでしたが、女帝はこのセルヴィスを手に入れることが出来たのです。
先の《ベルリン・デザート・セルヴィス》は、フリードリヒ2世からエカテリーナ2世への贈り物であると同時に、王の権勢を誇示するものでもありました。女帝はそれを受け、フリードリヒ2世に負けない、ウィットに富んだ外交上のジェスチャーを行う必要がありました。そこで生まれたのがこの《グリーン・フロッグ・セルヴィス》です。王は《ベルリン》を注文した際、プロイセンの宮廷・領地・公園の風景画を描いた別のセットを自分用に注文していました。そこで女帝はあたかも王と示し合わせたかのように、同じような風景画が絵付けされたセルヴィスをウェッジウッドに注文しました。それによりこのセットは、女帝の権勢アピール、情報網の的確さ、そして、イギリスという国を選んだ彼女の教養までも西欧に披露することが出来たのです。
このセットは1つとして同じもののない1222のイギリスの風景画で飾られた944品からなるセルヴィスです。セルヴィスが使われる予定の宮殿が沼地の湿地帯にあっため、《グリーン・フロッグ・セルヴィス(緑のカエルのセルヴィス)》というユーモラスな名前が付けられました。
エカテリーナ2世は自分の支配体制における近衛隊と将校たちの役割をよく覚え理解していました。そのため、勲章を与えられた者たちを祝した晩餐会には必ず出席していました。ロシアの最高位の勲章は「聖ゲオルギー勲章」、「聖アレクサンドル・ネフスキー勲章」、「聖アンドレイ勲章」、「聖ウラジミール勲章」と4つあり、この勲章を授与された者の祝宴の際、「勲章セルヴィス」は用いられました。これらのセルヴィスは、モスクワ近郊のフランツ・ガルドネルの民間工場で作られた後、サンクトペテルブルク帝室磁器製作所で追加作品を制作しました。
今回の展示では「ロシアの諸民族」と「商人たちと職人たち」から選ばれた彫像が食卓を飾ります。少々荒削りではありますが、《ベルリン・デザート・セルヴィス》に代表されるヨーロッパをお手本にした華やかなロココ様式はロシアの磁器の中にも受け継がれていきました。
食器は使ってみたときにその素晴らしさを実感できるものです。しかし本展に出品されているような貴重なディナーセットとなると、実際に使用することは出来ません。ただ、少しでも使われていた状態に近づけることで、その素晴らしさを皆様にお伝えできるのではないか?本展はそのような観点から一部作品をテーブルにセッテングした状態で展示します。
そして更に、その貴重なディナーセットをアール・デコ様式が随所にちりばめられた当館に置いたとき、宮廷晩餐会の様子が垣間見えるかもしれません。エルミタージュ宮殿のように・・・とまでは参りませんが、エカテリーナ2世の華麗なディナーセットと当館の建物とのコラボレーションをお楽しみ下さい。