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とよ田キノ子さんコラム

ガラス工芸家エミール・ガレには、植物学者というもう一つの顔がありました。植物をこよなく愛するガレは、ヨーロッパ装飾美術の中で伝統的にモチーフとされてきた綺麗な花や人気のある花だけではなく、ちょっとニッチな植物も作品に登場させているのです。
なぜ茄子?
まさかの食虫植物?
そしてあのキノコの作品にひかれて、きのこ愛好家のとよ田キノ子さんが展覧会のためにコラムを寄せてくださいました。

ガレとヒトヨタケ

エミール・ガレと聞いてまず思い浮かぶのは、滑らかな曲線に浮かび上がる植物や昆虫たちではないでしょうか。植物や昆虫のような華やかさはないものの、それらに寄り添うように描かれているのが、きのこです。中でもヒトヨタケはしばしば作品に登場しています。一口にきのこと言っても、地球上には150万種以上の菌類がいるとされており、ガレが親しんだナンシーの森や植物園にも数多くのきのこが生えていたことが想像できます。それなのになぜ、数あるきのこの中からヒトヨタケをモチーフとして好んだのでしょうか。
ヒトヨタケは枯れ木や埋もれ木などに発生するきのこです。様々な植物を収集していたガレにとって、腐葉土や堆肥から生えるヒトヨタケを見る機会は少なくなかったことでしょう。もしかしたら、一番身近に生えているきのこだったのかもしれません。
また、自然界において分解者という役割を持っているきのこは、「死」を迎えた生物を分解し、次の「生」へと繋げていく存在です。それはガレが生涯追い求めた「生と死の輪廻」というテーマに於いても、自然の生態系の連鎖を繋ぐという意味で重要なパーツであったと言えるでしょう。特にヒトヨタケ(一夜茸)は、文字通り短時間でカサが溶け落ちてしまう儚いきのこです。生と死、消滅と再生、一夜でそれを繰り返すヒトヨタケの生き方が、そのテーマを引き立たせています。

さて、そもそもきのことは一体なんなのでしょうか。一般にきのこと呼ばれているものは子実体と言い、植物の花のような役割をする部分にあたります。そして、温度や湿度などの条件が整ったときに子実体(きのこ)を作り、子孫を残すために胞子を飛ばすのです。ヒトヨタケの場合、子実体が成熟するにつれて胞子が白から黒に変色し、黒色になった胞子とともにカサの周縁部からドロドロと溶け落ちていきます。その滴り落ちる様子がまるで黒インクのように見えるため、英語では「Ink caps(インクの傘)」と呼ばれています。このように個性的な特徴を持っているきのこですから、ガレの目にも興味深く映ったのではないでしょうか。
形状の特徴としては、幼菌のときには愛らしいたまご型、成長するにつれてカサは鐘型になり、細かい鱗片と溝線が美しいとても繊細なきのこです。その姿でいられるのも束の間…ほんの数時間で液状化が始まり、次の日には同じ姿を見ることはできません。この短命にも思えるヒトヨタケですが、溶けてしまう=死ではありません。きのこの本体は地中などに広がっている菌糸です。きのこがなくなったからといって、絶えてしまったというわけではなく、見えないところで生き続けています。縁の下の力持ちとも言える菌類は、植物と共生することで繁茂させ、多くの生物を支えています。私たちは菌類に支えられているといっても過言ではないのです。これほどまでに影響を与えているきのこですから、ガレが残した「我が根は森の奥底にある」という言葉も、菌糸を意味しているのではないかとさえ思えてきます。我々の根源は地中に広がっている菌糸である、と。

ガレは晩年、《ひとよ茸ランプ》や《ひとよ茸文花瓶》を制作しています。白血病を患い、自分の死期を感じていた彼がモチーフとして選んだのは、ヒトヨタケでした。《ひとよ茸ランプ》は成長過程の異なる3本のきのこで構成されており、それぞれ人生の幼年期・青年期・壮年期を喩えていると言われています。壮年期を指すきのこは、まだ液状化しておらず、子実体として一番成熟した状態で表現されています。これは、3本のきのこがこれまでのガレ自身の人生を表し、それを見ている病床のガレが4本目のきのこ、つまり、生きた証としての胞子をこの世に残すために液状化が進んでいるヒトヨタケであり、この4本が揃うことで完成される作品だったのではないでしょうか。《ひとよ茸文花瓶》も同様に壮年期までの状態を描いていると考えると、木漏れ日を浴びて逆光のように表現されたヒトヨタケは、生命力にあふれた輝かしい時代の思い出を重ねているようにも見えてきます。
一夜で役割を終え、黒い滴となって消えてしまうヒトヨタケ。しかし、次の日にはその隣に新しいヒトヨタケが生えます。そして、その下には菌糸が生き続けている…。それと同じように、ガレが残した“黒インク”の一滴一滴は、死後もその技術や言葉として引き継がれ、作品は現在も生き続けています。
ガレにとってヒトヨタケとは、そうした「生と死の輪廻」の一部になる彼自身だったのではないでしょうか。

とよ田キノ子(とよだ きのこ)

石井かほる
きのこ愛好家、ウェブデザイナー
2007年に“きのこ病”を発症し、以後「とよ田キノ子」名義で活動を開始。 きのこグッズコレクションの展示、グッズ制作・販売、イラスト作品展、イベントの開催など、きのこ関連で幅広く活躍中。 日々、きのこの魅力を伝える“胞子活動”を行っている。 著書『乙女の玉手箱シリーズ きのこ』『きのこ旅』(ともにグラフィック社)
  • ひとよ茸ランプ

    ひとよ茸ランプ 1900-1904年 北澤美術館蔵
    この作品は本展には展示されません。《ひとよ茸ランプ》をご覧になりたい方は、ぜひ諏訪の北澤美術館へお出かけください。

  • ひとよ茸文花瓶

    ひとよ茸文花瓶 1900-1904年 北澤美術館蔵

関連プログラム

  • とよ田キノ子さんには本展期間中新館ギャラリー2にて、きのことガレについてさらに熱く語っていただきます。

    トークイベント「キノコの世界から見たガレ」

    [参加費無料(要展覧会チケット・予約不要)]

    2016年3月13日(日)15:00-16:30
    会場:新館ギャラリー2

    詳細はこちらから
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