グーグルのストリートビューで楽しむ庭園美術館


突然ですが、みなさんグーグルのストリートビューをご存知でしょうか?

これはグーグルマップが提供しているサービスで、
道路からの視点で撮影されたパノラマ写真が地図上に組み込まれ、
立体的に風景を見られるというもの。

ネット上でその地点に降り立ったかのような体験ができます。
使いこなしている方も多いかもしれませんね。

実は、東京都庭園美術館の館内も一部だけですが、
この機能で見ることができます!

グーグルマップ(http://maps.google.co.jp/)で
「東京都庭園美術館」と検索し、左側の小さな写真部分をクリックすると
大きな画像が下記ページのように表示されます。

 

 

 

 

 

大きな画像部分にカーソルを乗せて操作すると360度館内を見ることができます。
1階部分だけですが、まるで館内にいるかのような気分を味わえます♪

ぜひ一度グーグルマップで検索してみてください。

(執筆:浜崎)

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懐かしのポスターとチラシ


展覧会ごとに作られるポスターとチラシ。

休館中のこの機会に、開館以来開かれた約150本の展覧会の
ポスターとチラシも改めて整理することになりました。

さて、整理を始めると、懐かしのポスターとチラシが続々と登場します。

例えばこちら、幻のチラシを発見!
 

 

 

 

 

 

1983年の開館記念展「グッゲンハイム美術館」展のチラシです。
チラシは2種類ありました。右側オレンジ色のチラシをよく見ると
「東京都白金庭園美術館」と書かれています。このチラシは美術館の
正式名称が決まる前に作られた仮チラシでした。
その後、当館の正式名称が「東京都庭園美術館」と決まり、
左側黒色のチラシが作られました。

一方、こちらはこれまで開催した展覧会の中で一番の入場者を集めた
「カラヴァッジョ」展のポスターです。艶やかな肌を持つ若者が果物のかご
を抱えています。ポスターからも妖艶な雰囲気が伝わってくるようですね。

 

 

 

 

 

こうして28年分のポスターとチラシを整理してみると、
美術館の歴史を繋いでいくことが私たちの使命なのだと改めて感じました。

(執筆:浜崎)

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新ページ「女子に捧げる アール・デコ レクチャー」


リニューアルオープンへ向けて準備休館中の当館webサイトでは
「アール・デコ」と「邸宅美術館」を新たなコンテンツテーマに掲げ
展開中ですが、ふと、思いました。

「れれれ? みんな、アール・デコってちゃんと分かるかな???」と…

恥ずかしながらアール・デコの館に勤める私も「アール・デコ」って、
上手いこと説明できない…

「アール・ヌーヴォー」や「モダニズム」の説明よりも
もしや難解なんじゃ…と思っています。

職員で考えた末、「アール・デコ」の歴史からポイントなどを
「ギュっ!」と詰め込んだ簡単な解説を作ろうじゃないか!という事になったのです。

その結果、出来上がったのがこちらのページ。

 

 

 

 

 

 

こちらのページを読んでいただければ、「ざっくり」と「アール・デコ」の概要が分かるような構成になっています。
タイトルは、「女子に捧げる」となっていますが、もちろん男性もOK!
ぜひご覧くださいね。

こちらのページを読んで、「アール・デコ」が分かった後は

「1925アール・デコ博パヴィリオン訪問」
http://www.teien-art-museum.ne.jp/expo_artdeco/
「アール・デコてくてくトーク」
http://www.teien-art-museum.ne.jp/privatemuse/index.html

もおススメです。
(執筆:高橋)

 

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リニューアル準備室の表札


「この建物からの卒業(3月15日掲載、執筆:八巻)」でも書いたように
東京都庭園美術館リニューアル準備室は、晴れて仮設事務所へと引越しをし、
リニューアル準備室入口前に看板が設置されました。

 

 

 

 

 

 

 

休館に入ってから約半年、
気分も新たにリニューアルオープンへ向け準備をしてゆきます。

 (執筆:高橋)

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雨の日の行列


 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の中、ずらりと一列に並ぶ人たち。
美味しいお店の待ち行列?
それとも有名人でも来ているの? 

・・・と妙な期待をさせて
周囲の方をやや驚かせてしまったのですが、
実は私たちは道路の向こう側にある
古い建物を見ています。

美術に関心のある社会人サークルを主宰している方から
「古い建物を見るのは面白そうなんだけど、
何を見たらいいのか分からない」とご相談をうけたことから、
「じゃぁ一緒に歩いて見てみましょう」と
いうことになりました。 

 

古い建物と一口に言っても色々あります。
当館の学芸員は建築史家ではありませんが、
当館の建物(1933年竣工)と同じ時代の文化についてだったら
楽しみ方をお伝えできるかな、ということで
1920年代~30年代の建物がまとまって見られる
新橋から銀座・京橋へと抜けるルートを考えました。

 

題して「銀座モダーン装飾散歩」。

残念なことに当日は大降りの雨でしたので、
予定していたルートを変更し、いくつかの建物の見学は
あきらめました。
その代わりに途中でggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)の
「ロトチェンコ ―彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児―」展の
見学で雨宿り。
(いえいえ、単なる雨宿りではなく、
 ロトチェンコの作品も今回のテーマと同時代の表現ですし、
 
2010年には当館展覧会でも紹介しています。)
それでも約2時間で12ケ所の見学をして、
参加者のみなさんにも楽しんでいただけたのではと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

当館のスタッフは、日常生活で街を歩いていても
アール・デコ様式(1920年代~30年代の装飾様式の総称)を
見つけるとドキドキワクワクしてしまうという
一種の職業病にかかっています。
今回のプログラムは、いわば私たちのドキドキワクワクを
一緒に体験していただくというものでしたが、
この時代のものに限らず、
少しのヒントから建物のデザインの面白さや歴史が
見えてくると、これまで何気なく見ていた街並みも
とてもエキサイティングに思えてくるはずです。 

 

今後はこうしたイベントを当館のアウトリーチプログラムとして
展開していけたらと考えています。
ご興味をもたれた方はぜひご参加ください。 

 

(執筆:八巻)

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パリ便り(2)


 朝香宮鳩彦王がパリを訪れたのは、1922年(大正11)の暮れのことでした。
鳩彦王はまず凱旋門近くのマジェスティック・ホテルに部屋を取り、次いでマラコフ通り(現在はレイモン・ポワンカレ通りと改称)88番地にあるアパルトマンの最上階に部屋を求めました。パリ16区のヴィクトル・ユゴー広場にほど近いこのアパルトマンは、現在も当時のまま残されています。鳩彦王はこのアパルトマンを拠点に、精力的にパリでの活動を開始しました。

翌年の4月1日、鳩彦王は同じくパリに滞在していた従兄姉の北白川宮成久王夫妻に誘われ、フランス北部へのドライブ旅行へと出かけました。楽しいはずのこの旅行中、鳩彦王は不慮の事故に遭って重傷を負ってしまいます。このため、日本に残っていた允子妃も鳩彦王の看病のために急遽パリへと駆け付け、夫妻揃っての生活が始まりました。

やがて鳩彦王の傷も癒え、パリでの生活にも慣れた1925年(大正14)4月、パリで装飾美術の一大祭典が始まりました。現代装飾美術・産業美術国際博覧会、通称アール・デコ博覧会です。

アレクサンドル三世橋を挟み、エスプラナード・デ・ザンヴァリッド(アンヴァリッド前広場)とグラン・パレを会場に行われたこの博覧会を、7月9日に朝香宮夫妻も見学しています。 

会場を飾った数々のパヴィリオン(展示施設)やラリックの噴水は、博覧会の終了後に撤去されてしまいましたが、かつて橋上に沢山のキオスク(売店)が建ち並んだアレクサンドル三世橋だけは、いまもその優美な姿をセーヌ川に映しています。 

この博覧会で、フランス装飾美術家協会の副会長として大活躍をしたのが、朝香宮邸とも関係の深い装飾美術家、アンリ・ラパンでした。今回の出張では、フランス各地に残されているラパンの作品を調査する一方で、各種文献や記録などから、朝香宮邸誕生の謎を解き明かす試みも行っています。朝香宮夫妻とラパンがどのようにして接点を持ち、どのような経緯で宮邸装飾の仕事を依頼したのかについては、依然不明のままだからです。

 

パリ市内の図書館や美術館・博物館を訪れて調査を進めるうち、興味深い事実が明らかになりました。
ラパンは宮邸装飾の仕事を手がけていた当時は、14区のトンブ・イソワール通り35番地に仕事場を構えていました。ところが、当時発行された紳士録の記載を信じるのであれば、やはり宮邸の装飾に参加した彫刻家、イヴァン=レオン・ブランショもまた、このトンブ・イソワール通り37番地を連絡先としていたのです。ふたつある入口のうち、右側が35番地、左側が37番地です。

実は、ここまでは以前の調査でも明らかになっていたことですが、今回新たに驚くべきことがわかりました。ブランショが37番地を連絡先としたのは1934年以降で、ラパンとブランショがともに宮邸装飾の仕事に打ち込んでいた1932年と33年当時の紳士録に記されたブランショの連絡先は、ラパンとまったく同じ35番地となっていたのです。この情報は、後日セーヴル製陶所にある資料室に残された各種文書によっても裏付けることができました。宮邸装飾の仕事に際して、ラパンとブランショは容易に情報を交換し得る関係にあったわけです。

ブランショは、宮邸装飾の仕事に携わったフランス人芸術家のなかで唯一、滞仏中の朝香宮夫妻と親しく接していたことが判明している人物です。宮家によるラパン起用の背景には、このブランショという彫刻家が関係しているのではないかという推測が、またひとつ補強されることとなりました。

 

ラパンは宮邸装飾の仕事を行ってから6年後の1939年(昭和14)に世を去りました。ラパンの墓所は、彼が住まいとしていたラスパイユ大通りにほど近い、モンパルナス墓地にあります。装飾美術家という肩書きとは対照的に、とてもシンプルな墓碑が印象的です。47年に逝去したブランショもまたこのモンパルナス墓地に埋葬されたようですが、今回その墓所を見出すことはできませんでした。

 

ある晴れた日の夕方、朝香宮夫妻が日々慣れ親しんだヴィクトル・ユゴー広場に行ってみました。夫妻が暮らしていた当時、この広場の中央には大きな彫刻が設置されていました。この彫刻は第二次大戦中にドイツ軍によって撤去され、今は見ることができません。その代わりに現在の広場を飾っているのは、かつて宮邸の装飾にも参加したガラス工芸家、マックス・アングラン作の噴水です。背景には夫妻が暮らしていたアパルトマン。東京とパリを結ぶ接点が、こんなかたちでも残されていました。 

(執筆:牟田)

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この建物からの卒業


 

「リニューアル準備室」といいながら、これまでと同じ事務室にいた私たちスタッフですが、ついに名実ともに「準備室」にお引越しとなりました。

といっても同じ敷地内(正門横の空いたスペース)にプレハブを建てて、そちらに移っただけなので、住所や電話番号は一切変更ありません。

 

これまでの事務室は旧朝香宮邸の中にありました。

もともと宮家の事務官さんたちが使っていた事務室をそのまま利用していたものです。

竣工当時に厨房や裁縫室、運転手控室や商人溜などここで働いていた人たちが使っていたエリアは、実は美術館になってからも機械室や書庫、会議室や応接室などのバックヤードとして使用していました。

このたびのリニューアル工事では、こうしたバックヤードとなっていた部分の新規公開に向けての修繕も行います。

そんなわけでお引越しなのです!

とにかく荷物をせっせと段ボールに詰め込み・・・

突貫工事で引越しをした後は、まるで廃墟のように、がらーんとしています・・・

(というつもりで写真を撮りましたが、 残された荷物が乱雑に散らばっていていますね)

いよいよ美術館の本館が工事に入ると、私たちスタッフも建物の中に立ち入ることができません。

今のうちに見納め・・・と、展示室やバックヤードの各部屋を見てまわります。

脳内BGMには卒業シーズンの定番ソングが流れております。 

そんな中、学芸スタッフ達の心にぐっと来たのはこんな光景。

各展示室の解説パネルやキャプションのためのスタンドとパーテーションが、

一ケ所に集められてみんなこっちを向いている・・・!

「墓標みたいね」「兵馬俑みたいだね」と言いながらも苦楽を共にしたスタンドとパーテーションがその役目を終えて静かに並んでいる様子に心から「お疲れ様。そしてありがとう」と感謝して思わず合掌してきました。

(執筆:八巻)

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パリ便り (1)


 

~開館30周年を間近に控えた、東京都庭園美術館。
1933年に、朝香宮邸として誕生した当館は、日本人技術者だけではなく、フランス人アーティストたちが、室内装飾などに深くかかわっています。
フランス人アーティスト達が、建設に当たりどのような関わりをもったのか、ひも解きに当館学芸員がパリへ調査出張をしています。
このパリ便りでは、調査出張の経過や成果を数回に分けご紹介していきます。
また、この出張の成果は開館30周年記念展覧会でご紹介をする予定です。~

 

パリでは、連日美術館や図書館、政府関係機関などに通って、1920年代から30年代にかけての資料の調査を行っています。

今回の調査は、来る開館30周年に向けての準備とともに、旧朝香宮邸(現、東京都庭園美術館)の誕生に際して、アンリ・ラパンやルネ・ラリックのようなフランス人アーティストたちがどのように関わりを持ったのか、その資料をできる限り収集することを目的としています。

今回は貴重な資料が所蔵されているアーカイブを幾つかご紹介しましょう。まずはパリ市立歴史図書館から。

この図書館は、ラモワニョン館という16世紀に建てられたルネサンス様式の歴史的建築物を活用しています。

この図書館があるマレ地区には、このように貴重な文化財を活用した文化施設がたくさんあります。

古い外観とは対照的に、これらの施設ではコンピューターを使った検索システムが完備され、効率的に資料を探すことができるようになっています。

このパリ市立歴史図書館では、朝香宮夫妻が滞在していた当時の紳士録や、アール・デコ博覧会関係の文献資料を閲覧することができました。

 

続いては、そのすぐ近くにあるフォルネー図書館です。

こちらもやはりサンス館という中世の建築を活用した図書館です。

この図書館は建築や芸術関係の文献が多数所蔵されていることで知られ、ラパンが活躍していた当時の建築雑誌を総覧することができます。

 

 

 

その中に、ラパンが1932年のサロン・ドートンヌ(秋のサロン)に出品した、朝香宮邸の装飾模型の写真がありました。

惜しいことに、写真に対する詳しい解説は記されていないのですが、パリで当時の雑誌に宮邸の装飾案が掲載されている様子を目の当たりにすると、とても感動します。

 

 

パリには装飾芸術を専門にした美術館があります。

広大なルーヴル宮の一画にある、パリ装飾芸術美術館です。

この美術館は、中世から現代にかけての装飾芸術をテーマとした大コレクションを有しています。

庭園美術館とも関係の深い、アール・デコの時代の作家たちの作品も多数収蔵されています。

  

生活に関する品々や装飾品が所狭しと展示された常設展のコーナーはたいへん見応えがあります。

この美術館には図書室が併設され、貴重な文献資料を直接手にとって閲覧することができます。

ここではアール・デコ博覧会関係の資料や、ラパンが活躍した装飾美術家協会の展覧会についての資料を調査しています。

 

 

これらの施設に通うためにパリの市内を歩いていると、公共の広場に市場が開設されていることがあります。

生鮮食料品や衣料品、装身具や土産品など、扱っている品々は多種多様ですが、どれも魅力的で目移りしてしまいます。

 

 

また、街中いたるところにパッサージュと呼ばれるアーケード街があります。

メトロのグラン・ブルヴァール駅に近い「パッサージュ・デ・パノラマ」には、切手や写真を扱う小さな店舗がたくさん集まっていて、週末ともなると多くの収集家が掘り出し物を探しにやって来ます。

年代別・地域別・テーマ別に細かく分けられた絵はがきのコーナーは特に人気で、数千枚もある中からお目当ての一枚を求めて、熱心に手を動かす人の姿が絶えません。

 

アール・デコ博覧会関係の絵はがきもあるかもしれませんね。私も時間を見つけて掘り出し物を探しに来たいと思います。

(執筆:牟田)

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非常口?


ああ、あるある、こんなマーク。非常口でしょ?

・・・と思ったら庭園美術館に走りこんでいっちゃった・・・(@Д@;)

必要にかられて急遽作成した
当館のピクトグラムにいたずらしてみました。
当館には矢萩喜從郎デザインによる、
アール・デコの流線型や渦巻文様をモチーフとした
エレガントなロゴマークがありますが、
ちょっと面積が広めの図が欲しかったので
建物の外観をピクトグラムっぽくアレンジしました。
全然アール・デコらしさは盛り込んでませんが
ご勘弁ください。
このピクトグラムがどこに登場するかは、
今後のお楽しみです。

 
(執筆:八巻)

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最後の施錠


リニューアルのための休館に入る前の建物公開展「アール・デコの館」には
52,000人を超える方々にご来館いただきました。
一日平均にすると2,500人弱。
当館としては完全にキャパシティオーバーで、
入館をしばらくお待ちいただいたり
臨時トイレをお使いいただいたりと
ご来館のみなさんにもご不便をおかけいたしました。

 

いつもは割と空いていてゆったりと展示を観られるのが
当館の良いところなので、
「こんなに混んでるとは思わなかったわ」と
戸惑っている方も多かったのですが、
私たちスタッフも、こんなに混むとは思いませんでした(泣)
今後もう二度とないかもしれないモテキを
十分に堪能させていただいた次第です。
じっくりゆっくり展示を楽しむために
ご来館された方には大変ご迷惑をおかけしました。
決して満足のいく環境ではなかったかと思いますが
ご理解ご協力をいただき、ありがとうございました。
最終日の10月31日は月曜日であるということもあって
比較的来館者も少なく、落ち着いた雰囲気で
館内を見ていただけたかと思います。
名残を惜しんでいらっしゃる方も多かったため、
少し閉館時間を遅らせたのですが、そのアナウンスを入れた途端に
Twitterで「開館時間延長キターーーー」と拡散されていったのを
目の当たりにして焦りました(^^;)

 

そして7時少し前に閉館。
警備員さんが背中に哀愁を漂わせて最後の施錠です。
美術館として開館した時点で、
外側にエアカーテンを付けるなどの改修をしていますが、
扉や取っ手、錠やフランス落とし(扉を固定するための金物)などは
竣工当時のまま。
1933年から今に至るまで、一日の終わりにはこの扉を施錠するのです。
この日は、当館にとって大きな区切りの施錠となりました。
またこの玄関でみなさんをお迎えするのを
スタッフ一同、楽しみにしております

 
(執筆:八巻)

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