@

Vol.2 東京都庭園美術館(2)

「文化財建造物を見る・診る・看る」

  • 場所:東京都庭園美術館
  • 日時:2011年10月25日(火)18:00~20:00
  • 講師:二神綾子(文化財建造物保存技術協会)

 1933年(昭和8年)に朝香宮の邸宅として建てられた東京都庭園美術館は、その後、1983年(昭和58年)に美術館として開館し、1993年(平成5年)に東京都有形文化財に指定されました。そのため、当館には、文化財である建物を保存しながら美術館としても活動するという、相反する2つの使命が課されています。今回の「アール・デコ てくてくトーク」では、その文化財の保存と活用という課題を踏まえ、文化財建造物保存技術協会修復設計課の二神綾子さんを講師に招いて開催された第2回「たてものトーク」をレポートします。



写真1:トーク中の二神綾子氏

写真1:
トーク中の二神綾子氏。当日は普段、文化財を調査をするときの作業着姿で登場しました。「今では作業着で電車や飛行機に乗っても恥ずかしくありません」とのこと。

写真2:大客室でのトークの様子

写真2:
大客室でのトークの様子。よく見ると写真上部中央に天井から白いスポットライトが吊り下がっています。このスポットは美術館開館後に設置したため保存の重要度が下がります。

 トークは、二神さんが2009~2010年にかけて行った、当館の建物の詳細な調査のお話しから始まりました(写真1)。この建物は戦後、朝香宮邸から外務大臣公邸、国の迎賓館、民間の施設、そして美術館と様々な用途で使用され、その時々に部分的な改変がされています。この調査では建物の天井、壁、床、装飾部位など個々に見ていき、竣工当時のまま残っている部分と後に改変された部分を明確にしていきました。その中で、まず建物のあらゆる部分の保存の重要度を決めていった過程を紹介されました。今回の調査では、フランス人アーティストのアンリ・ラパンが内装を担当している7部屋のうち当初の姿をとどめている6部屋を「特別保存部分」、外壁や構造体などを「保存部分」、改造により文化財の現状が失われている部分を「保全部分」、失われたり改変されて当初の姿が乏しい部分を「その他の部分」とし4段階に分けました。


 この調査によって、柱や照明(電球は含まれません)、マントルピースなど竣工当時のものは重要度が高く、改修工事の際に設置したスポットライトなどは重要度が低い、といったことが決められました(写真2)。これら重要度の高低は、建物の現状、残された部材、竣工当時の写真や設計図等の比較検討によって決められ、その調査結果は「旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)保存活用計画」にまとめられました。現在、当館は改修工事のため長期休館中ですが、この調査結果が改修工事を進める際の重要な資料となります。 そして話題はこれまで庭園美術館で行ってきた保存と活用の取り組みへと進みました。



二神さん
「文化財に指定されると、勝手に釘を打つことはできなくなります。元々あった建物の部材、柱、梁、壁などを極力傷つけずに保存しなければならないからです。しかし、東京都庭園美術館の場合は、美術館として使用を続けるために建物の保存と活用の優先順位を考える必要が出てきます。

 例えば、竣工当時の部材が残されているところはそのまま維持・保存するのがベストだと思いますが、損傷が激しかったり、安全面に問題がある場合などで、取り替える際は本来の使用に倣って同種同材同寸法のものを用います。しかし、やむを得ずできない場合は、極力、質感、デザイン等、竣工当時の姿を再現し、残していくのも文化財保存・活用の工夫の一つでしょう。」



写真3:現在の妃殿下居間

写真3:
現在の妃殿下居間。淡いグリーンの壁紙は竣工当時のものを意識して選びました。建物公開展期間中は、当時使われていた実際の壁紙を額装して展示しました。

 当館は1983年(昭和58年)の開館の際、この建物を美術館として活用するため改修工事を行いましたが、その際も、当時の状態を残せるものは、そのまま残すという方針がとられました。ただ、やむをえず改修した部分もあります。例えば、消防法では、多くの人が集まる場所では可燃性の壁紙を使用してはならないと決められていたため、開館時に2階のオリジナルの壁紙は撤去されてしまいました。しかし、その後1994年(平成6年)の改修工事の際、張り替えた壁紙の一部を復元させることになり、同じメーカーから竣工当時と同じものを取り寄せようとしましたが、同じ壁紙はすでに生産を終了していたため、当時の壁紙に近い淡いグリーンで少しメタリックなものに張り直すなど原状に近づける工夫を試みました。(写真3)二神さんは、竣工当時の姿を保存することを大前提としながらも、このような取り組みも評価してくださいました。


 また、今回トークの進行役を務めた牟田学芸員が、建物の美観を損ねず美術館の機能を充実させるために、いかに工夫を凝らしてきたか、部屋ごとに空調の吹き出し口や展示用スポット、監視カメラ等の設置位置などを説明していきました。特に空調の吹き出しは、ほとんど見えない(気づかない)ところに設置してある部屋もあり、参加者に探してもらう場面もありました。



写真4:美術館の中庭

写真4:
美術館の中庭。プールのようにみえますが、戦時中に防火用水を貯めるために作られました。普段は公開していませんが、今回のトークではここにもお入りいただきました。

写真5:大食堂でトーク中の様子

写真5:
大食堂でトーク中の様子。右は当日司会を務めた牟田学芸員。終始和やかなムードで進みました。

 さて、室内を見て回り、みなさんからの質問を受けた後、普段は公開していないバックヤードに向かい、事務所、中庭、応接室を見学しました。バックヤードは、竣工当時に宮家で働いていた方が使用していたスペースです。そのため、公開しているエリアよりも装飾が簡素にできています。また、中庭には貯水池がありますが(写真4)、二神さんの調査によって、これは竣工当時作られものではなく、戦時中に防火用水を確保するために作られたものだと断定されました。二神さんは、竣工当時に作られたものではないが、朝香宮邸時代に改変されたものであるため、貯水池は「保存部分」としましたが、報告書では増設された経緯を書き、今後の取扱いには協議が必要という私たちの宿題が残されました。


 調査を終えて二神さんは、「この建物は、建設された当時、一流の職人たちがこだわりを持って作った建物だと思いました。石材や木材などの部材も贅沢に使われています。今後同じ物を作ることはできないでしょう」とこの建物の価値を改めて強調されました。二神さんの言葉の通り、歴史的建造物はかけかえのないものです。二神さんのお話を聞いた私たちは、これから始まる改修工事を前に、このアール・デコ様式を取り入れたこの建物を保存しながら、また美術館としても活用していくという使命に取り組む気持ちを新たにしました。
(浜崎)


̉ʂ̏