メインタイトル:1925アール・デコパヴィリオン訪問

第8回  『百貨店のパヴィリオン』


図1:ラリックの噴水《フランスの源泉》

上の写真をクリックすると、大きいサイズの写真をご覧いただけます図1:「ラ・メトリーズ館(ギャルリー・ラファイエット)」
(『アール・デコ博覧会公式報告書』第2巻より)

 産業革命によってもたらされた産業構造の変化によって、急速に拡大したフランスの消費文化の繁栄を担ったのは、19世紀半ば頃から出現しはじめた巨大な百貨店でした。それぞれの商品を専門の小売店で個別に買い求めていた消費者たちは、ありとあらゆる日用品を一カ所で買い揃えることのできるスペクタクルなグランマガザン(デパートメントストア)の存在に胸躍らせたのです。博覧会のハイライトの一翼を担ったのは、このように商業と装飾芸術の融和を体現した百貨店による独立館でした。それぞれの百貨店には独自の工房が組織されており、各百貨店館のパヴィリオンにもすべて工房の名前がつけられていました。パヴィリオンの建築は、工房によって手掛けられた展示物そのものの魅力を引き出すための空間を提供するものでしたが、各パヴィリオンの建築自体もまたそれぞれに新たな視座を備えた創造物として注目されたのです。


図2:ラ・メトリーズ館(ギャルリー・ラファイエット)内部

上の写真をクリックすると、大きいサイズの写真をご覧いただけます図2:ラ・メトリーズ館(ギャルリー・ラファイエット)内部
(『アール・デコ博覧会公式報告書』第2巻より)

図3:ラ・メトリーズ館(ギャルリー・ラファイエット)内部

上の写真をクリックすると、大きいサイズの写真をご覧いただけます図3:ラ・メトリーズ館(ギャルリー・ラファイエット)内部
(『アール・デコ博覧会公式報告書』第3巻より)

 百貨店館を含むフランス館の設置が計画されたエスプラナード・デ・ザンヴァリッドのエリアには、アンヴァリッドの歴史ある環境に無秩序な景観が生まれないよう配慮して規制外輪線が適用され、他よりも厳しい建築上の制約が課されました。これによって、4つの百貨店館はいずれも平面の外形が、1辺20メートルの正方形と、そこから45度回転させた同じスケールの正方形の組み合わせからできる正八角形を基本として構成されています。規制外輪線によって建築形態を制限された多くのフランス館は、全体的な造形からみれば外国館にみられるような変化に富んだものではありませんでした。けれども一定の規制のもとで生み出された統一感のある形態から、後にアール・デコというひとつの様式として認識される建築が生み出されることになります。建設された4つのパヴィリオンは、このような制約を最大限に生かしながら、独自の存在感をアピールしようとしました。


 中でも最も注目されたのは、ギャルリー・ラファイエット百貨店が手掛け、特に家具デザインで功績を成したモーリス・デュフレーヌの主催する「アトリエ・ラ・メトリーズ」という工房を中心に計画された独立館です。その設計は、本館のために開催された建築コンクールで優勝した建築家ジョゼフ・イリアール、ジョルジュ・トリブー、ジョルジュ・ボーら若手3人組によるもので、本建築は彼らの代表作と呼ぶにふさわしい成果となりました。正面の3面の長方形を立体的にあしらったインパクトのある構えや、内部を通らず直接2階まで上ることのできる階段構造は、その独創性によって高い評価を得ました。また、入口の上部に設えられた縦長のガラス窓には、ジャック・グリュベールによる大型のステンドグラスが嵌め込まれ、アール・デコの特徴である放射線状のデザインは、建築に求心的な存在感をもたらしました。40作品のなかから選考された本デザインへの取り組みには並々ならぬ情熱が感じられ、美しく均整が取れ、細部に渡って洗練された建築意匠は、博覧会のパヴィリオンを代表する華やかさを備えています。


図4:「ポモーヌ館(ボン・マルシェ百貨店)」

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(『アール・デコ博覧会公式報告書』第2巻より)

図5:「プリマヴェーラ館(プランタン百貨店)」

上の写真をクリックすると、大きいサイズの写真をご覧いただけます図5:「プリマヴェーラ館(プランタン百貨店)」
(『アール・デコ博覧会公式報告書』第2巻より)

 世界最初の百貨店として最古の歴史を誇るボン・マルシェの「ポモーヌ館」は、ルイ=イポリト・ボワローによって設計されました。アール・デコの特徴である階段型のジグザグ構造が用いられ、その表面も、大小の円弧とジグザグ模様で構成されていました。夜の照明のなかで光を放つ結晶のような姿は当時、「水晶の塊のように輝いている」と評されました。ルーヴル百貨店による「ストゥディウム館」は、アルベール・ラプラードによる設計です。2階を構成する解放された屋根つきのテラスに特徴があり、建物全体に軽快感を与えるデザインでした。また1階の外壁面に設けられたショーウィンドーからは、独立館の外から家具や装身具といった内部の展示品を見ることができました。正8角形の外輪線に沿って、エントランスや食堂、居間をはじめとする8つの空間が配置され、その中心は、吹き抜けのある正8角形のホールになっていました。正面入り口のマッシヴな円柱や、お椀を伏せたような円錐形の屋根が印象的なプランタン百貨店の「プリマヴェーラ館」は、アンリ・ソヴァージュによる設計です。その特徴的な屋根にはルネ・ラリックによるガラス・レンズが散りばめられ、入口上部のガラス面の模様には、象徴的な意匠であるジグザグ線が象られていました。この百貨店館の特色は、食堂や執務室などの各部屋が、中央のホールを中心として間仕切りのない一連の空間として構成されていたことでした。各部屋の間に連続した繋がりを持たせるという斬新な発想は、住宅建築においても応用できるものとして注目されました。


 すべてのパヴィリオンは複雑な形態の組み合わせによって成立し、建物の表層もまた、異質な素材を掛けあわせた凹凸のある素材感によってアール・デコの特徴をよく伝えています。ひとつとして単純な矩形空間のなかには収まらない独創的なパヴィリオンの姿は、アール・デコ万博のユニークな景観を司っていたのです。(神保)



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