メインタイトル:1925アール・デコパヴィリオン訪問

第3回 『フランス大使館 アンサンブル展示とエントランスホール』


図1:技能館の中庭

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装飾美術をテーマとした油彩画や職人を表した彫刻が中庭に向けて展示されている。

 ところで博覧会の展示の名前が「フランス大使館」というのは、ちょっと不思議な感じですね。博覧会の中にビザを発給したりする機関があったということではありません。技能館というフランスのパヴィリオンの展示として、応接サロンなどの公的な部屋と、寝室や浴室、運動室、音楽室などの私的な部屋とをあわせて24部屋が「フランス大使館」という名称で作られたのです。


 各部屋の展示は公募で決められた建築家と装飾家がそれぞれ担当し、壁のレリーフ、家具、壁紙、絨毯、花器などの室内装飾、そして絵画や彫刻などの美術作品も含めて、総合的に室内空間を構成します。現在の美術や工芸作品の展覧会では、一点一点を独立させて見ることができるような展示方法が一般的ですが、当時はこうして居住空間をまるごと作り上げる「アンサンブル」と呼ばれる展示手法がとられていました。展示自体にはキャプションは添えられていないので、来場者はカタログなどを参照して作家名を確認します。アール・デコ博の公式ガイドブックには、建築家や装飾家はもちろん、工芸作家や画家、関わった職人や工房の名前もすべてあがっており、それらの作品が5群37組の分類のどこに含まれるのかも明記されています。


図2:フランス大使館 エントランスホール

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図3:応用美術・工芸協会館における台所のアンサンブル展示

上の写真をクリックすると、大きいサイズの写真をご覧いただけます図3:応用美術・工芸協会館における台所のアンサンブル展示
台所や浴室、手洗もアンサンブル展示の題材とされた。

 こうした展示手法は、絵画や彫刻のように単独で展示することが難しい装飾美術も、建築の従属物ではなく建築や絵画と同じように重要であるとする、諸芸術の平等という理念の表れでした。そのためアール・デコ博覧会だけではなく、サロン・ドートンヌなどの展覧会でも採用されています。それだけ当時のフランスにおいては、装飾家(デコラトゥール)の立場が強かったとも言えます。


 さて、前稿でもご紹介したとおり、フランス大使館の展示はかなり装飾過多という印象を受けます。その中で異彩を放っていたのが、ロベール・マレ=ステヴァンスの手がけたエントランスホールです。マレ=ステヴァンスはアール・デコ博でも観光情報館というモダニズム建築の優れた作例を残していますが、このエントランスホールでも白い無地の壁面が矩形を重ね合わせた照明器具をくっきりと際立せる簡潔な空間を構成しています。彼はこのホールに、抽象絵画の先駆者ロベール・ドローネーの色鮮やかな絵画《エッフェル塔》を展示していましたが(写真にはその絵を展示している様子が残されています)、博覧会副委員長のポール・レオンが「フランス大使館にふさわしくない」と激怒したことより撤去したというエピソードが残されています。博覧会の主催者側の考える装飾美術のあり方と、当時すでに生まれていた新しいデザインとの関係を伺わせる、興味深い逸話です。(八巻)




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