縫い目が揃うよう息をつめて針を運んだ記憶。名前や愛らしいモチーフが縫い取られたハンカチ――描き出された糸の軌跡は、私たちの記憶や感情、そして身体感覚を呼び起こします。針と糸による造形は誰にも身近なものであり、「刺繍」という言葉からは一定のイメージが思い浮かぶでしょう。
本展に展示される作品は、ともすればそんな共通理解を裏切るものかもしれません。例えば写真に直接刺繍を施した作品は、針によって穿たれた穴が生々しく、美しいモチーフを描きだす刺繍が、実は布や紙の表面を侵食して作られているということを気付かせます。作家たちは、時間や記憶を定着させたり、自己の内面をえぐりだしたり、油絵やドローイングとは異なる描線を得たりするために、針と糸による表現を選び取っているのです。それは、身近な技法によって作られているからこそ、リアリティをもって迫り、表現に対する新鮮な驚きや見る喜びを感じさせます。
本展では新作を含め、それぞれ独自の作品世界を作り出す日本の若い作家たちによる針と糸の造形を紹介します。個人の邸宅であった庭園美術館の空間を活かしたインスタレーションにもご期待ください。
出品作家:秋山さやか/伊藤
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